水の模様

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ーーーーー  話し終えた僕は菅井邸を後にした。  少し歩いて、離れた所から振り返り彼女が居るであろう方を見た。  やはり、思った通り彼女は自分自身の願いに気づいていない。  彼女が無意識に願っているのは僕の破滅だ。  彼女の最初の望みは夫から自由になることだった。しかしそれは、夫の死という彼女の予期せぬ形で叶ってしまった。これは彼女には何の責任も無いのだから天の思し召しとして受け入れても良いはずだった。  だが彼女はあの水の模様を見てしまったせいで犯人を糾弾する機会を与えられてしまった。おそらく彼女は根本的に善良なのでそうせずにはいられなかっただろう。しかし直接糾弾してしまえば殺人によって自分の願いを叶えたことを直視することになる。意識の上の理性は赦せと言い、無意識の中の心は罰せよ言う。彼女に責任は無いのに罪の意識を感じてしまうだろう。  だから彼女はこんな行動を取ったのだ。礼をするという建前を自分に信じこませながら、無理矢理僕と接触することで自分を調べる人間の捜査線上に僕を引きずり出した。おそらくそれは、計算などではなく心の内の複雑な動きの結果だろう。  そしてその計画は見事に成功した。今この瞬間にも僕のことを調べ、罪を暴いている人間がいるだろう。彼女は自らの心の安寧を保ちながら僕を糾弾することに成功したのだ。  だけど僕はその破滅を受け入れていた。悪事を働いた人間が報いも受けずにのうのうと暮らしているなんて、そんなことはあってはならないことだったのだ。だから、これでいい。  前を向いて歩き出す。すると今日をずっと薄暗くしていた陰鬱な雲から大きな雨粒が降ってきた。傘を持っていない僕はこれからずぶ濡れになること間違いなしだ。  どしゃ降りの雨が、地面に無数の水の模様を作る。しかし、それらはお互いに塗り潰しあい、すべての地面が同じ水になって最後には何も残らなかった。 (了)
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