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第二話
夜の街に灯が色とりどりに輝いている。歩道を歩きながらお互いの家族の話をした。
「私の家ね。代々政治屋なの。父は衆議院議員で、祖父も曽祖父も」
「すげえ。俺んちなんか今母親のパートだけで暮らしてる。父親は癌で病院だし。高校一年の妹と中学三年の弟。全くこんな学費高いとこ入って失敗した。俺なんかと世界が違うんだな君は」
冬美はあからさまに嫌な顔をして厳しい声で「そんな風に卑下しないで。あなたは立派よ。親のお金でへらへら遊んでるのってどうかしら?
何のために学校に来ているかもうわかんなくなってる人達より、ずっとあなたは凄いよ。だから自分を貶めないで!」
「わ、わかった」
俺は必死に右指で左腕を抓っていた。
不味いよ泣きそうだ。
こんな風に今の自分を肯定してくれる人はいなかった。
毎日の苦しいバイト生活を偉いとねぎらってくれる人がいたなんて。
彼女の大きな優しい温もりに包まれて温かい気持ちになった。
こんなの初めてだ。これはどういう感情なんだろう?名前が分からない。なんなんだろう?
「あ!あそこの牛丼屋さんね。クーポン持ってるなんと半額よ。賞味期限切れのネズミの肉かもね!ゴー!早く行こ。お腹すいたあ」
冬美が生活に入って来て以来、俺の全部が変わっていった。
気力が漲った。
冬美が間に入ってゼミ仲間に俺を紹介してくれた。学食では自分の友達に俺を紹介した。
引き合わせてくれた学生は大体俺と趣味の合う人たちばかりだった。俺に友達が出来て普通の学生みたいにカフェテリアで喋って笑って議論なんかして……自分で自分が信じられなかった。
学食のカレーを食いながら友達と五次元とか六次元の話で盛り上がって、ドラえもんに話題が変わった。しょうもない事でも喋るって楽しい。
そんな時に隣で冬美がアイスコーヒーをストローで啜っている。
分かる。冬美が嬉しそうにニコニコして俺を見てるって事が。
いつも冬美の存在を感じる。いつも見守っていてくれる人が傍にいる。
安心感?いや、もっと別な言葉でないと表せない。
なんだろう。なんだろうか。
どんなにバイトがきつくても勉強にも集中できた。ゼミのレポートも褒められた。みんなに認められるって気持ちいい。
「赤坂君。今度の日曜にわたしの自宅でゼミ兼親睦会をしたいんだ。君も是非来てくれないか」目じりに皺の多い岩波先生が誘ってくれた。
ああ。無理だよ。日曜は三つ入ってる。
お辞儀して「すみません。その日はちょっと用事があって」
「そうか。残念だなあ。君がいると他の学生にもインスピレーションを与えるのに」
「そ。そんな。そんな事ないですよ。まさか」
会議テーブルや椅子を片付ける他のゼミ生がほんとにそうだよと相槌を打つ。
ほんのり体の軽くなるような幸福を感じた。
冬美がにこにこ笑って「大丈夫よ。私に任せて。湊君もに岩波教授の御宅にお邪魔します。首に紐つけて紐を馬の脚につけて私が馬車で伺いますわ」
ええ!その時はちょっと冬美に腹が立った。出来ない約束はしない主義だ。
でも彼女のいう通りになった。
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