第五話

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第五話

泣きじゃくるお母さんを置いて若い女の人に廊下へ引っ張られた。 誰もいない檜の香がする廊下で、 「赤坂さんですよね。聞いてました。いろいろ。私、冬美の姉です。双子です。夏美といいます。冬の反対の真夏の『夏』と書きます」 どうりで。顔かたちも背恰好もそっくりだ。でも全く別人だという印象が強い。化粧をしてない。唇が赤くない。顔色が真っ青。いやそんなんじゃなくて何かこう……月光の様だ。穏やかで静かだ。 「あの子と私。似てますか?」 え。意外な質問に戸惑った。 「はい。似てます。でもきっと中身は違う」 大きなため息をついて「よくお解りですね。あたなのような彼氏がいて冬美が羨ましいな。あの子は私を羨んでました。といっても名前だけですけど。夏の方がいいそうです。『夏美』って名前の方が良かったって。変な話してごめんなさい。ただ冬美の最期の人生が幸せだったって……もう。それだけが有り難くて。有り難くて……ごめんない」お姉さんはハンカチでぎゅっと目元を押さえた。 その日。 運転免許を取って二か月の冬美は地方都市にある神社に行ったそうだ。 「なんのために?」 「彼のお父さんが病気だからって。『あそこのお守りさえあればね。治るの。必ずよ』って」 ああ、そうか。そうか。 「これ。受け取って下さい」真っ赤な封筒を差し出された。 黒と白の世界でその封筒だけ冬美カラーだ。 あけてみるとお守りだった。 『病気平癒』のお守り。白地に金糸で書いてある。 「ありがとうございます。ほんとに。 「泣かないでください。全然死んでませんから。冬美を連れて帰って来ます」 「どうやって?」真剣な眼をあげた。 「大丈夫です」 「あなたも力持ってるの?あなたも?あなたも仲間ということ?」 「力って?凄く運の強い人だと思います。でもこれは違う。ちゃんと解るんです。存在を感じる。変ですね。俺の言う事変だ。確かに」 「冬美は不思議な力を持ってました。超能力というのか。お願いします」九十度に頭を下げられた。 「信じてくれるんですか」 「はい」頭を下げたままの恰好で涙が床に零れ落ちる。 「どうしたら戻って来るの!?教えて頂戴!!」 後ろから声がしてビクッとした。 ヒステリックに叫んで俺の穴だらけのジーンズにしがみ付いたのはさっき泣き崩れていた女の人。 「母さん、この人が助けてくれるのよ」夏美さんが背中を摩った。 冬美の母親の化粧もしてない泪で真っ赤な眼は冬美とそっくりで驚いた。 こんなに美しい眼だったんだ。 そうか。そうか。 今更、彼女の美貌に気付いた。 この人たちを裏切れない。いや裏切らない。 きっと冬美を連れ戻す。 「今日、喪服じゃなくてごめんなさい。喪服を新調したら『無駄使いするな』って冬美に叱られるから。 喪服を買う金無いんです。だって喪服は要らなくなるから」 スクラッチでもらった金はまだ七百万以上あるけど使えない。 喪服なんか要らないんだ。
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