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第六話
それから俺は冬美のいそうな場所を歩き回った。学校近くの地下鉄。公園。喫茶店。牛丼屋。駅前のバスターミナル。
もしかしたらと渋谷のセンター街を隅々まで歩いた。
デパ地下かもしれない。試食しながら歩き回った。
夜になっても歩き続けた。
朝になって歩道脇の緑の生け垣の中にぶっ倒れた。
冬美はなかなか見つからない。
無暗に歩いたんじゃないこの誕生日に貰った時計にある方位磁石の針に従っていた。
『何かね。大事なものが見つからないときはこの針の指す南を目指して進むのよ。憶えていてね』
電光掲示板に竹下通りが映った。
いた!!コンマ一秒しか映ってなかったが確かにいた。
冬美が雑踏の中にいた。
ダッシュで電車に乗った。
早く。早く。焦りともどかしさで汗がでる。
なんでだろう地下の中でお喋りしている女子高生たちが『ふゆみ』と口にしたのでそっちへ顔を向けた。勿論偶然だろう。
「『ふゆみ』ちゃん静かに」今度はバギーを押す女が赤ん坊に話しかけていた。
え。
つり革広告の雑誌のモデルが冬美だ。他人の空似?いや黒子の位置まで一緒だよ。
なんなんだ。頭のネジがぶっ飛んだんだ。
そうか。そうか。
駅の改札を出ると泳ぐように前に進んだ。
水じゃなく人並みの抵抗にあった。
いた!やっぱり冬美は生きていた。
赤いワンピースの細い姿が雑踏に吸い込まれる瞬間を捉えた。
全速力で走った。
精一杯の声で叫んだ。
肩越しに振り向いたアイツの横顔。
口元がほころんでいる。
ちぇ!バカにして。残残振り回してニヤリってどういう了見なんだよ。
安心したら腹が立って来た。
やっと赤信号で追いついた。
掴んだ腕は記憶に無いほど細かった。
随分痩せたんだな。
「どこ行ってたんだよ。みんな心配してる。帰ろう。うちの人なんかオマエが死んだって勘違いしてんだぞ」
「南を目指したね。偉いぞ、湊君」
街路樹の緑が風に揺れてまだらの日の光が射す下で微笑んでいた。
その美しさにたじろいで俺は一歩後ろに退いてしまった。
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