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第七話
「ちょっと待ってて」ピンクのエナメルのハンドバッグからリップを取り出してショーウィンドウを鏡に真っ赤なルージュを引いた。
「これで良し。付いて来て。約束。絶対私が良いと言うまで話しかけないで。何も喋らないで。お願い」
「はあ?なんだよ。それ」
「約束だよ」
もう何でもござれだ。
こうして冬美は戻ったんだし。冬美さえいればあとはどうでもいい。
地球の軸がちょっとズレてしまったとしてもどうでもいいじゃなか。
「じゃあ。スタート」
タクシーを止めて郊外へ走った。
降りて行きついた先は灰色のビルで黒檀の窓がずらりと並んでいた。だれか住んでいるマンションとも会社とも思えない。
促されるままエレベーターに乗った。
冬美は妙なボタンの押し方をした。
きゅるるるっるる……ガゴん!五階で女が乗って来た。大きな黒い帽子で顔は見えない。派手な格好だなと思った。靴のヒールが異様に高い。もしかしたら相当な美人なのかな。顔を覗きたくなる。
9階で女は降りた。それから11階に着いた。冬美が先に立って降りる。続いて降りたオレに冬美は抱き着いてきた。
「ありがとう!なんとか来れた。ありがとう……」
「良かった。良かったよ」
彼女の湿った頬に触れた唇が自然に重なった。
ずっとずっとこうしていたかった。温かい。
苺の香りを吸い込んだ。
体を離して、ふふふふと笑い「奏君口が真っ赤だよ。ふふふ」
Tシャツの袖で拭ったら真っ赤な口紅が血糊みたいだ。
「もっと上よ。屋上へ出ましょう。ここからはエレベータが三つ分ないの。こっち」
冬美の体は走るというより、すーっと移動して行く。
陽炎ほどに頼りない。
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