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第八話
黒い鉄の螺旋階段をのぼった。
常夜灯の微かな光を頼りに俺たちは手を繋いで急いだ。
何でそんなに急ぐのかは聞かなかった。何故か聞けなかった。
屋上へのさびたドアを開けると夜だった。
こんなに時間が経っていたとは。
「ほら!上!上よ」
星空だった。
降ってきそうだ。
「ルビーでしょ?サファイヤでしょ?あれはダイヤモンド」
生まれて初めて見る。じいちゃんの田舎は地方都市だからここまで綺麗な空は見えない。
「素敵!素敵!」言うが早いが、
貯水タンクの金網をガシガシ音を立てて登ってタンクの上に立った。
携帯でパシャパシャ夜空を撮っている。
「こっち!」
俺のも撮り始めた。
「おまえも撮ってやるよ」
「ああ、そうだった。写メは無しだな。素敵な観光地に行ったらね。カメラは一切使わないの。全部自分の記憶に仕舞うの。その方が思い出に残って良い旅になるのよ」
それから俺たちはコンクリートの上に大の字になって寝転がった。
少しだけ太陽の温もりが残っていた。大気は心地よい冷たさだ。消毒液の匂いが微かにする。
街の灯が一切見えない事など無視した。
こっちがパラレルワールドでこっちが異世界っぽいじゃないか。さっきのエレベーターの乗り方も異世界へ行くための儀式だったんじゃないのか?
「おまえさ。どっか。行くの。やめろよ」
「うん。ずっとここにいる」
「ずっと?ほんとか?」
「うん」
「約束だぞ」
小指を絡めてこうしていると幸福感が満ちてくる。俺の頭にも体にも冬美が流れ込んでくる。
強い酒が喉や胃袋の存在を知らせてくれるようだ。
心は盃だ。
幸福が注がれあんまり沢山注ぐと溢れちゃうんだ。それが不幸へ動き出すサインだとしても、今はこのままでいよう。
今だけはこの極上の星空の下に冬美と一緒にいよう。
ずっと俺たちは沈黙してた。
この一晩でどれだけか互いを知っただろう。
言葉はどうにも無力だった。
光が瞼を打って眼を開けた。太陽の位置が高い。もう昼頃だ。
冬美は!?首を激しく振るがどこにもいない。
俺が居たのは生け垣の中だった。
急いでコンビニを探した。
慌てて後ろポケットの財布からキャッシュカードを取り出した。
手がガタガタ震えている。
ATMで残高照会すると二万五千円だった。
そうか。そうか。
金無い。
良かった。
そうか。そうか。
店の新聞で日付を確認した。
やっぱり時間が戻っている。スクラッチ買う前だ。
その時になって腕に時計が無いのに気づいた。南に導いてくれた大切な時計。
そうか。まだ誕生日前なんだな。
そうか。そうか。
歩き出すと桜並木が見えて来た。
満開じゃねえか。
季節も春に戻っている。
今度は絶対バスでも電車でもタクシーでもいい歩いていくのもいい。そうだよ。登山のリュックでテントと寝袋持って一緒に行こう。
神社、お守り一緒に買いに行くんだ。
白いTシャツから苺の香りがするのに気づいた。
もう泣けてきた。
道行く人がこっちを見てもどうでもいい。
おんおん泣きながら桜の下を歩いた。
裸足だった。
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