第一話

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第一話

俺は知っている。アイツは戻って来る。絶対に。 南だ。南を目指して進むんだ。 時計塔が真昼の12時を打った。 南には太陽が在る。 七月の日差しで辺りは暑かった。 そうか。そうか。 時計の方位を示す針は太陽のある方角を指している。 もう水族館のチケット買ってしまった。それに初めて出かける旅行の計画だって途中だった。 『アリバイ工作が必要だわ。パパってば煩いの。娘がもう大学三年なのにまだ子供扱いなのよ。ふふ』 絹糸みたいな黒髪から苺の香りがしていた。 『ええ。そうなの。赤が一番好きなの。奏君は?へえ青かあ。あと一人白が好きな人いたらトリコロールね』 真っ赤なルージュに真っ赤な爪。服も赤が多い。 鮮烈な赤のイメージで明るい日の光がいつもアイツの体から溢れていた。それはオーラとかいうものなのか。 俺は勉強やサークル活動だけしている他の連中と違っていた。ほぼ毎日バイトがある。それも二つ三つ重なる日もあった。奨学金をもらっても追いつかない。一流会社に就職してガンガン金を稼ぐと決めている。絶対。 勉強・バイト・バイト・勉強・勉強・バイト・バイト・バイト・バイト… 彼女が出来たらいいとか考えたこともなかった。 俺がコンビニでかがんで牛乳の品出しをしていた時だ。後ろから声をかけられた。 「あの~関東星章大学の赤坂湊さんですよね?三年の」 「え?ええ?はあ。そうです」 「ごめんなさい。いきなりで。私は東郷透衣です。あなたと同じ岩波正樹教授のゼミなの。憶えてないわよね」 「ああ。すみません」 「お仕事邪魔してごめんなさい。あの。あのう。もしよかったらお仕事の後お茶かご飯行きませんか?ゼミに馴染めないの。お話できたらなあって」 「ああ。いいです。午後六時であがりになります」 「嬉しい!じゃあ六時にここね」 驚いた。 まさか女子から声をかけられるなんて。 くたびれたTシャツとジーンズばかり着ている俺は自分に自信がない。勉強したいのに段々時間も体力も働く方に取られてしまって目指した研究も遠い世界へ行ってしまったように思っていた。 実家も貧乏な方だし。 これでちゃんと就職できなかったら悲惨だ。 俺は存在感が薄いと自分でも感じていた。 他のゼミ生と話したことは一度もなかった。 あの時は本当に驚いたんだ。 それより、圧倒されたんだ。 彼女から発散される物凄いエネルギーを浴びた感じがした。 ……太陽みたいな子だ。 それからはバイトをしていても楽しかった。 これから会う人がいる。 仕事が終われば一緒にメシを食う人が待っている。 彼女がこっちを男とみているとは思わない。 それでも大学に入って初めての友達になれそうだ。 どこへ連れて行こう。こういう時は男がリードするんだろか? しまった!財布に5千円もないじゃないか。
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