蝉の生きるのは

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「入院ですか?」 健康診断を受けてその場で帰るつもりだったアサコは面食らった。  時々、貧血で立ちくらみがすることはあったが、それ以外はいたって健康体だと思っていたからである。貧血も最近始めたダイエットの所為だと思っていた。元々、腎機能が悪く、通院をしていたのだが、どうやら今回の血液検査の結果が思わぬほど悪くなっているようなのだ。 「まあ、今すぐにとは言いません。職場ともご相談なさって、入院できそうな日をお知らせください。」 医師からそう言われ、体にあまり支障がないので正直戸惑った。おそらく、いろいろ検査や、長期的に調べないとわからないこともあり、今後の治療の方向を見定めようということであろう。 「店長になんて言おう。」 ただでさえ、アサコはその空気の読めなさと機転の利かなさで良く思われていないと感じていた。 長期休業を申し出ようものならどんな嫌味を言われるのだろう。それを考えると憂鬱になった。 そもそも入院というだけでも憂鬱になった。あの他人と同じ空間を有するのもたまらなかったし、病院というものは真夜中でも騒がしく、とても眠れる状態ではない。よほどの重病でないと個室など与えられないので、かえって不健康になるような気がしてならない。  パートの稼ぎも少なく、夫に依存して生活している身で、それでも少しは家計の足しになっているパートを長期間休んで、家事の面でも夫に負担を強いることも、ほんとうに申し訳なく思う。そして、健康の不安を抱えながら、これからどんな治療が始まり、どれだけ家計を圧迫するのかを考えると絶望的な気分になる。  店長に相談すると案の定、言われるのではないかと予想した言葉が返ってきた。 「アサコさん、ダイエット、無理しすぎて病気になったんじゃないの?ちゃんとご飯食べてる?」 あくまで体調を管理できないのは自己責任というのが彼の考えだ。生まれつきの体質だとか、そういった前提はいっさい考えない。前々から持病があるなどと言えば、雇ってもらえないだろうし、血圧が高い程度が果たして持病になるのだろうか、と申請することを躊躇するというのは誰にだってあるだろう。
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