一話 水の中から夢語り

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一話 水の中から夢語り

 その日の昼下がり、クラスメートである六人の男女は、ロンドンにある大英博物館を観覧していた。  館内には、さほどの観客もいずに、悠々と観覧する間隔が空いていた。  上を見上げれば、天井がなんて高いんだろう。  立ちくらみを起こしそうなほどの空間である。  さすがに日本の博物館とはケタが違う。 「あなたって、ほんっとに間抜けねぇ」  ジュディス・エバンスは、両目をつり上げて辛辣に言った。 「学校から歩いてたって来れる距離にあるのに、一度も来たことがないなんてね」  プリル・マーカムは両手を上げて、大きな伸びをした。 「ロンドンに来て、いったい何ヶ月経ったと思ってるのよ」 「もう! 耳元でそんな邪険に言わなくたっていいじゃないの」  森村綾乃は頬を膨らませて反論した。  確かにロンドンへ来て、すでに半年以上が経とうとしている。  ウエストミンスター寺院やビッグベン、バッキンガム宮殿の衛兵の交代など、市内観光は沢山した。  まったく、ただ大英博物館に入ったことがないと言っただけであの反撃である。  森村綾乃は交換留学で、ロンドンにあるケンジントンハイム高校の二年へ、去年の秋から通っていた。  クラスメート六人とはいつも行動を共にしているが、ジュディスとは口ゲンカばかりしている。  博物館の中は、考古学的には価値の高い遺物が陳列されていた。  巧みな細工が施された壺や像や石碑など‥‥。  しかし、彼女たちの興味をそそる物ではなかった。  そもそも何故、今日見物する気になったのかは単純明快、時間が余っていたからだ。  夕方から始まるライヴまで、時間潰しにやって来た。  午後にトラファルガー広場に集合した六人は、食事をしながら議論した。  ゲームセンターへ行く案も出たが、綾乃の一言でここへ来ることに決定した。  六人は暇そうにブラブラと館内を歩いている。  日本から来たツアー客たちが、熱心に遺物の説明をガイドさんから受けていた。 「ねぇアヤノ、見て。ほら、水が出ているわ」  マリアン・ロイスが、そばにいる彼女を呼び止めた。  六人の中では一番大人びていて、落ち着いた雰囲気のある女性だと綾乃は思っていた。  他人にあまり自分の我を通そうとしないが、芯は一本しっかりと通っている。 「ほんとね、ちょっとひびが入ってるけど、像から水が流れるなんておかしいわね」  彼女は隣にある翡翠像からも、同じように水がにじみ出ていることに気付いた。  お互いに、鎖で囲いをしている場所からその像に手を伸ばした。  確かに水である。 「どうしたのよ、二人とも」  先んじていたプリルたちは、戻ってきてその像の周囲に集まった。 「ほら、水が出てるの。変だと思わない?」  二人は指し示すために、再び手を伸ばして、それぞれの像に触った。  マリアンは、立派なヒゲをたくわえた像に----、そして綾乃は、像とはいえ美しい顔立ちをした若者の足元に触れた。 「こらー、遺跡物に触っちゃいかんと書いてあるだろう!」 「きゃああああ!」  血相変えた警備員の叱責に、六人はクモの子を散らすように、出口目指して一目散に駆け出して行った。 「まーったく、近頃の子供たちときたら素直に言うことを聞かない。世の中には規則というものがあるんだ‥‥。大きな文字で、遺跡物には触るなと、ちゃあーんと書いてあるだろう」  すでにいなくなった子供たちに、憤然とする警備員は、怒り収まらずに、ぶつぶつ呟いている。
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