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「そこの岩陰で、一休みしよう」
汗が滝のように流れ、ぜいぜい言いながらも弱音を吐かない彼女は、その一言を待っていた。
「よかったぁ‥‥。まだまだ、歩かなくちゃならないわね。ちっとも進んだ気がしないわ」
「水を飲むといい」
キランは水筒の代わりに作った竹製の筒を渡した。
「ありがとう」
それを受取って一個の竹筒を空にした。
空には何羽かの鳥が、二人の上を旋回し始めている。
確実に獲物を狙っているような素振りだ。
銀髪の男は汗をあまりかいていない。
そんな無意味なことを考えつつ、日陰になった岩の上へ腰かけた。
すると遠くの方から、真上にいる鳥よりも、数段大きな鳥が飛んでくるのに、二人は間近になるまで気がつかなかった。
巨大な黒い影が、二人の上に落ちた。
「白頭鷲!」
キランが叫んだ瞬間、綾乃は宙高く舞い上がっていた。
「きゃああああ!」
白頭鷲に、文字通り鷲掴みにされた彼女は、爪を横腹にくい込ませて飛んでいる二本の足の中にいた。
「アヤノ!」
「キラーン」
頭の先が、鶏冠のように真っ白く逆立ち、巨大なその鳥は南の方へと翼を広げ、追いかけるキランを、嘲笑するように飛び去って行った。
何度も彼の名を呼ぶ綾乃は、段々小さくなるキランを見て、絶望感が心を占めていくのがわかった。
キランとの間を引き裂いて、綾乃をたずさえた白頭鷲は、森深い中にひっそりとたたずむ塔の一番上にある露台へ飛来した。
周りは芝生が青々と生い茂り、大木が辺りを占めて、塔をおおい隠してあった。
そのそばには泉が湧き出て、何とものどかな風景である。
ベッドの上で、彼女が意識を取り戻した時、鳥の大群がいると勘違いしたのも仕方のないことかもしれない。
背中に真っ白い羽根の生えた人々が、彼女を取り囲んでいた。
顔の周りには、小鳥のような小さな人間が、さえずって飛んでいる。
騒々しいくらいの話し声がするのに、何を言っているのか、綾乃には理解出来なかった。
わからなくて幸いだったと言うべきか、彼らはとんでもないことを話し合っていたのだ。
「気がつきましたか、お嬢さん」
年若い、透き通るほど白い肌の男性が、極上の笑みをたたえて話し掛けた。
この人だけは普通の言葉が話せるようである。
「ひどい目に合せてしまいましたね。ラドーは気に入った人を、時々さらってきてしまう癖があるのです。わたしが代わりに謝りますので、許してください」
「ここは何処なんですか」
「ウランノイエ塔、わたしはリライクと申します」
そこへ、やはり白い羽根を背に付けた小さな女の子が入ってきた。
なんとも愛らしい、天使のような子だった。
ここの人々は一様に金髪で肌が白く、アイボリグレーの瞳をした若者ばかりだった。
小鳥のような人間だけが、青や黄、赤、紫といった色彩を踊らせている。
「どうぞ、召し上がってください」
女の子が持ってきたスープを、綾乃に渡して飲むよう勧める。
それは青汁みたいに緑っぽく、どろどろとした物だった。
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