5人が本棚に入れています
本棚に追加
/238ページ
館外へはき出て行ったケンジントンハイム高校の生徒たちは、石段の下で一息ついた。
「ちょっと触っただけなのに、あんなに怒らなくたって----」
「あれ位の年の人は、頭が固いから、規則に忠実なんだよ」
ピート・デュエルは、乱れた髪を手でなでながら、したり顔で答えた。
「さあ、アヤノ。これで一応は市内観光地は制覇したことになるわね」
「ええ、付き合ってくれてありがとう」
言葉には心がこもっていたが、目はプリルを見ていなかった。
指に視線を落したまま、小首をかしげている。
「何しているのよ。二人で変な顔して----」
プリルに指摘された綾乃は、とっさにマリアンの顔を覗いた。
「やっぱり同じ事を考えてた?」
「ええ‥‥なんだか手に水がついたまま、取れないような気がするの」
「うん、そんな感じよね」
二人はしげしげと左右の手を見比べた。
不思議なこともあるものだ。
拭っても、指に水が絡みつく。決して気のせいではないと思う。
「手に付いた水はだな--ハンカチで拭けば取れるって。もう行こうぜ。きっと、オデオン座の前に、人が大勢並んでるぜ」
デズリー・ハルフォードは他の五人を急き立てた。
立ち上がった女子たちは、駈け出した男子二人を追い掛けた。
オデオン座の周辺は、若者たちの熱気に溢れていた。
革ジャンやジーンズ、紫やピンクに染めたロングヘアーの男女が、開演を今か今かと待って、奇声を上げている。
吸い込まれるようにその雑踏へ身を置いた六人は、違和感なくまぎれて見えなくなっていった。
不可解な顔をしていたマリアンと綾乃も、結局のところ、ライヴに夢中になって、そんな些細なことは忘れ去ったのだった。
今は初夏である。
地上は真っ暗闇と化していた。
真夜中のトラファルガー広場には、誰もいない。
いや、六人の男女を除いては、人っ子ひとりいない。
静まり返っているこの広場で、雲ひとつない夜空に向かい、彼らは遠吠えを繰り返しては、広場いっぱいに反響させていた。
まるで、ライオンの像が、吠えたてているように聞こえたことだろう。
「カッコ良かったよなぁ」
池の縁に飛び乗り、長身をいっぱいに伸ばして、デズリーは呟いた。
今、イギリスで一番の人気バンド、ダークマルス。
「ものすごい金髪だったね」
森村綾乃は背中まで伸ばした黒髪を、肩から払いのけながら言った。
「あなたったら、どこに注目してたのよ。もっと他に感動することなかったの?」
同じプロンドの持ち主のプリルが口を尖らせた。
ぴったりとした赤いミニスカートをはいて、形の良い足を覗かせている。
「だって、ステージに立ってる人って、豆粒ぐらいにしか見えなかったんだもの。小さ過ぎて、金髪しか印象に残らなかったのよ」
「このチケットを手に入れるのに、どれだけ苦労したと思ってるの。お目にかかれただけでもありがたいと思ってよ」
一番苦労してチケットを手配したジュディスが怒り出した。
「行方不明だったミショーがやっと戻ってきて、久し振りのライヴだったのよ」
「そんな事どうだっていいじゃないか」
ピートが頭を振って前髪を振上げながら三人を制した。
彼は神経質そうに、いつもヘアスタイルを気にしている。
関心事といえば、流行のファッションだけみたいだ。
マリアンはいつの間にかデズリーといっしょに池の縁に乗っていた。
六人六様、まだライヴの余韻に浸っているところだ。
興奮が収まらない。
最初のコメントを投稿しよう!