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振り返って見た彼の表情は、あどけなく笑っている。
「水遣いが住んでいる。その赤いルビーのような瞳が開けば雨が降る。泉の水が枯れるのを防ぐためにね。ほとんど、眠っている時間の方が多い」
まるで、大きなひき蛙が泉の底に沈んでいるように見えた。
水を操るアモウ?
まだ、夢の続きを見ているのだろうか。
「ねえ、この辺で一番大きな都市はどこかしら」
「この森を抜けた東にダシーダ国がある」
ダシーダ‥‥。
ここは本当にロンドンなのだろうか。
知らない土地、知らない国、知らない人。
覚えている限り、最後にいた場所は、確か、ロンドンのトラファルガー広場だった。
ケンジントンハイム高校の仲間五人と一緒だった。
あの日‥‥。
「仲間を捜しているのか?」
彼の質問に、少女は思考を妨げられた。
「ええ、まあ‥‥」
それ以外の最良の方法があるだろうか。
仲間に会えれば、山ほど抱えた疑問がわかると思う。
「ここへ来る途中でダシーダの巡回兵とすれ違ったが、その中にきみと同じような格好をした仲間がいた気がする」
少女は満足そうに、希望と活力が湧く言葉に頷いた。
「だが、きみの足で歩いて行くには遠すぎると思うな」
「電車とか、車とか、どこかにないの?」
彼が呆れたようにブスッとしたので、何かとてつもないことを言ったような気がする。
両腕を組んで、頭からつま先までジロジロ見られては、もう何も聞く勇気など起こらなかった。
何をそんなに怒っているのだろう。
「とにかく、行ってみるわ」
「ふむ‥‥」
彼が、その瞳を細めて少女を見た。
両目がキラリと光った。
瞳を伏せる。
何か言いたそうに口を開きかけたが、呑み込むように唇をつぐんだ。
彼女は、男に背を向けて指差された方へと歩き始めた。
しばらくして、枯れ草を踏む音が木々の合間から聞こえた。
ゆっくりと振り返って見た先には、誰の姿もなかった。
ここは何処だろう。
いったい私は何処にいるのだろう。
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