一話 水の中から夢語り

6/9

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/238ページ
 振り返って見た彼の表情は、あどけなく笑っている。 「水遣いが住んでいる。その赤いルビーのような瞳が開けば雨が降る。泉の水が枯れるのを防ぐためにね。ほとんど、眠っている時間の方が多い」  まるで、大きなひき蛙が泉の底に沈んでいるように見えた。  水を操るアモウ?  まだ、夢の続きを見ているのだろうか。 「ねえ、この辺で一番大きな都市はどこかしら」 「この森を抜けた東にダシーダ国がある」  ダシーダ‥‥。  ここは本当にロンドンなのだろうか。  知らない土地、知らない国、知らない人。  覚えている限り、最後にいた場所は、確か、ロンドンのトラファルガー広場だった。  ケンジントンハイム高校の仲間五人と一緒だった。  あの日‥‥。 「仲間を捜しているのか?」  彼の質問に、少女は思考を妨げられた。 「ええ、まあ‥‥」  それ以外の最良の方法があるだろうか。  仲間に会えれば、山ほど抱えた疑問がわかると思う。 「ここへ来る途中でダシーダの巡回兵とすれ違ったが、その中にきみと同じような格好をした仲間がいた気がする」  少女は満足そうに、希望と活力が湧く言葉に頷いた。 「だが、きみの足で歩いて行くには遠すぎると思うな」 「電車とか、車とか、どこかにないの?」  彼が呆れたようにブスッとしたので、何かとてつもないことを言ったような気がする。  両腕を組んで、頭からつま先までジロジロ見られては、もう何も聞く勇気など起こらなかった。  何をそんなに怒っているのだろう。 「とにかく、行ってみるわ」 「ふむ‥‥」  彼が、その瞳を細めて少女を見た。  両目がキラリと光った。  瞳を伏せる。  何か言いたそうに口を開きかけたが、呑み込むように唇をつぐんだ。  彼女は、男に背を向けて指差された方へと歩き始めた。  しばらくして、枯れ草を踏む音が木々の合間から聞こえた。  ゆっくりと振り返って見た先には、誰の姿もなかった。  ここは何処だろう。  いったい私は何処にいるのだろう。  
/238ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加