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歩いても、歩いても、抜け出せないこの森は、迷路のように人の進むべき方向を狂わせる。
棘が歩みを妨げ、地を這う蔦が足にからみつく。
ひょっとして、ここは樹海なのだろうか。
彼女は地面に座り込んだ。
額と鼻先ににじんだ汗を手の甲でぬぐう。
もしも、このまま堂々巡りをしていたならば、二度と樹海から出られないかもしれない。
ふぅ‥‥。
半分あきらめにも似た吐息をついた。
科学は確かに偉大だった。
世にも早く飛べる飛行艇を開発し、手軽に乗れる車を造り上げ、水の上を進むことの出来る船舶を浮かべ、そして、空を飛ぶ飛行機を創造した。
その反面、何かを捨てていった気がする。
カサッと枯草を蹴る音に、彼女はぎくりとした。
目をこらして見た木々の中に、まるでエメラルドの鉱石のようにキラキラと月明かりに反射した二つの光がそこにあった。
何か大きな物がいる。
心臓の鼓動が、この静寂の中で聞こえてきそうなくらい大きく高鳴らせて、緊張を深める少女に、その物体は一歩、二歩と迫ってくる。
叫びたくても声にならない恐怖に、彼女はドレスをぎゅっと握りしめた。
その全貌を視界に捉えた時、ゴクリと息を呑み込んで緊張感を解いた。
「お、おどかさないでよ。心臓が止まるかと思ったわ」
さっきの男が姿を現した。
光る瞳が異様に煌いて、地上に降りた熾天使のように凛として見えた。
彼は、少女の前に立ちはだかった。
しゃがみ込む彼女はゆっくりと彼の視線をとらえた。
行ってしまったはずなのに、なぜ彼はまた舞い戻って来たのだろう。
そんな真剣な眼差しを落して、釘付けにする。
逸らしたいのに、離そうとしないのは、彼の瞳があまりにも珍しいから‥‥。
宇宙の星々を散りばめられたような瞳に吸い込まれていくんだ。
「迷ったのだろう」
聞き取れないくらい低い声で彼が言った。
「そうかもしれないわね」
疲れたように少女は小声で答えた。
濡れていた髪は、もう乾いている。
少し眠りたい。
朝になれば、いい案が浮かぶかもしれないし、なぜこんな所に自分がいるのか思い出すかもしれない。
「ついて行ってやろうか」
少女は首を傾げて、彼の顔をもう一度見上げた。
「つまり、あなたが道案内してくれるの?」
砂漠で雨が降ってきたみたいな感動を感じて、彼女は全身をふるわせた。
なのに、彼は少し悄然と瞳を落したように思えた。
「おれでは嫌か」
嫌だなんて言えっこない。
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