一話 水の中から夢語り

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 カラカラに乾いた砂漠で、雨水は汚いから飲まないなんて誰が言うだろう。 「ありがとう、でも、迷惑じゃない?」 「まぁ‥‥」  彼が下を向いて、クスッと笑う。  あどけない微笑みだね。  なんの報酬も求めない純粋な心が、そのまま表れているような顔をしている。  青年のように逞しい顔立ちで、少年のような屈託のない笑顔は美しい。  まるで----まるで、あの翡翠像のように彫りの深い端正な顔をしている。 「ダシーダは一度訪ねたから、行く必要もないがね。ちょっと戻ったとしても、時間は幾らでもある」  ほんとは完璧に道に迷っていたんだよ。  彼が見つけてくれなければ、たぶん、この樹海を抜け出す前に、倒れていたことだろう。 「わたしはアヤノ・モリムラ。よろしく」 「キラン。カルザニアの出身だ。そうだな、ダシーダよりも、もっと北にある」  はぁー‥‥‥。  彼女は無意識に深い吐息をついた。  たぶん、あきらめ、失望、迷い、全部ひっくるめた絶望、そして脱力感の入り混じったもの。  もう何も考えてなんかいなかった。  これからどうなるんだろう、明日は仲間に会えるだろうか、とか、そんな先々のことなど問題はたくさんあるはずなのに、この時を漫然と過ごしているだけの自分がここにいる。  一休みした彼女は、暑苦しいジャケットを脱ぎ捨て、再び歩き出した。  キランはそれを拾い上げ、林を抜ける間、木の実や山葡萄をそれに貯え、竹を切って大小組み合わせ、水筒代わりにして腰に下げた。  林を抜け出すのに四苦八苦している。  アヤノは樹木の間から見え隠れする天空を見上げ、汗を手で拭った。  いつの間にか太陽が昇っている。  止めどなく汗は流れ落ちていく。  最初の決意も勇気も、一歩ごとしぼんでいくようだった。  どんなに歩いても、延々と森林の中を巡り続けるような不安が、胸の中で渦巻く。  ひょっとして、途方もない結論を引き出してしまったのかもしれない。  徐々に遅くなる足取りに、銀髪の男は彼女に歩調を合わせて歩き、急がすようなことはしなかった。  彼女にしてみれば、それがとてもありがたかった。  やっと視界が開ける頃には、もうとっぷりと日が暮れ、周辺の景色を確かめる明るさはなかった。  ああ、でも彼のおかげでこのうっとおしい樹海から、やっと這い出ることが出来た。  手近の枯れ木を集めて火を焚いてくれた。  ボーッと暗闇に炎が灯る。  墓場で見る鬼火のように、壮大な大地にゆらゆらと炎が揺れていた。  集めておいた木の実をかじり、聞きたいことは山ほどあったが、とりあえずダシーダ国から尋ねてみよう。  向かい側に座るキランは、彼女の質問に丁寧に答える。 「この辺では文明の発達した国だろう。特に騎兵部隊の多さでは一番だ。住民も近隣諸国の数倍はいる。食糧や飲み物も豊富で、各地からの移住者が増え続けている。しかし、その反面、治安が非常に悪いところだ。好戦的な兵士が多いし、傭兵も募っている。民衆にとって、おちおちと暮らしてはいられない状態だろう。先進国の中では、一番の退廃地帯だ」 「あなたは何をしているの?」 「国の律法に従って、十八歳の旅をしている。成人になるための儀式みたいなものか。おれは探さなければならない。この世で一番美しいもの。そうだ、美しいものをカルザニアへ持ち帰らねばならない」  宝石----ダイヤやルビーやエメラルド。  それとも、金の宝冠。  花だって美しい。朝露に濡れる新緑
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