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カラカラに乾いた砂漠で、雨水は汚いから飲まないなんて誰が言うだろう。
「ありがとう、でも、迷惑じゃない?」
「まぁ‥‥」
彼が下を向いて、クスッと笑う。
あどけない微笑みだね。
なんの報酬も求めない純粋な心が、そのまま表れているような顔をしている。
青年のように逞しい顔立ちで、少年のような屈託のない笑顔は美しい。
まるで----まるで、あの翡翠像のように彫りの深い端正な顔をしている。
「ダシーダは一度訪ねたから、行く必要もないがね。ちょっと戻ったとしても、時間は幾らでもある」
ほんとは完璧に道に迷っていたんだよ。
彼が見つけてくれなければ、たぶん、この樹海を抜け出す前に、倒れていたことだろう。
「わたしはアヤノ・モリムラ。よろしく」
「キラン。カルザニアの出身だ。そうだな、ダシーダよりも、もっと北にある」
はぁー‥‥‥。
彼女は無意識に深い吐息をついた。
たぶん、あきらめ、失望、迷い、全部ひっくるめた絶望、そして脱力感の入り混じったもの。
もう何も考えてなんかいなかった。
これからどうなるんだろう、明日は仲間に会えるだろうか、とか、そんな先々のことなど問題はたくさんあるはずなのに、この時を漫然と過ごしているだけの自分がここにいる。
一休みした彼女は、暑苦しいジャケットを脱ぎ捨て、再び歩き出した。
キランはそれを拾い上げ、林を抜ける間、木の実や山葡萄をそれに貯え、竹を切って大小組み合わせ、水筒代わりにして腰に下げた。
林を抜け出すのに四苦八苦している。
アヤノは樹木の間から見え隠れする天空を見上げ、汗を手で拭った。
いつの間にか太陽が昇っている。
止めどなく汗は流れ落ちていく。
最初の決意も勇気も、一歩ごとしぼんでいくようだった。
どんなに歩いても、延々と森林の中を巡り続けるような不安が、胸の中で渦巻く。
ひょっとして、途方もない結論を引き出してしまったのかもしれない。
徐々に遅くなる足取りに、銀髪の男は彼女に歩調を合わせて歩き、急がすようなことはしなかった。
彼女にしてみれば、それがとてもありがたかった。
やっと視界が開ける頃には、もうとっぷりと日が暮れ、周辺の景色を確かめる明るさはなかった。
ああ、でも彼のおかげでこのうっとおしい樹海から、やっと這い出ることが出来た。
手近の枯れ木を集めて火を焚いてくれた。
ボーッと暗闇に炎が灯る。
墓場で見る鬼火のように、壮大な大地にゆらゆらと炎が揺れていた。
集めておいた木の実をかじり、聞きたいことは山ほどあったが、とりあえずダシーダ国から尋ねてみよう。
向かい側に座るキランは、彼女の質問に丁寧に答える。
「この辺では文明の発達した国だろう。特に騎兵部隊の多さでは一番だ。住民も近隣諸国の数倍はいる。食糧や飲み物も豊富で、各地からの移住者が増え続けている。しかし、その反面、治安が非常に悪いところだ。好戦的な兵士が多いし、傭兵も募っている。民衆にとって、おちおちと暮らしてはいられない状態だろう。先進国の中では、一番の退廃地帯だ」
「あなたは何をしているの?」
「国の律法に従って、十八歳の旅をしている。成人になるための儀式みたいなものか。おれは探さなければならない。この世で一番美しいもの。そうだ、美しいものをカルザニアへ持ち帰らねばならない」
宝石----ダイヤやルビーやエメラルド。
それとも、金の宝冠。
花だって美しい。朝露に濡れる新緑
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