舞い落ちるは雪

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舞い落ちるは雪

 桜並木の下を行く。  季節外れの雪が降る。  夜より明るく、昼より暗い午後三時。世界の色は灰色。  名残り雪の中を進む私の息は興奮に弾む。  異常気象だ!天変地異の前触れだ!  道行く人の姿は少なく、皆一様に道を急ぐ。  ワクワクしているのが、まるで私だけのようだ。そんなはずはないけれど。  薄く積もった雪を踏み、かすかな足音響かせて、転ばないように足早に。  目測はとても苦手だから、あてになるかわからないけれど、この桜並木は目測二百メートル。大きな用水路左に沿って滑らかにカーブしているから、先から先は見えない。そこがいい。この先に何かあるんじゃないかって、毎年ワクワクしながら歩いてる。  まだ何か見つけたことはないけれど、いつかあると信じている。友達には夢見がちだと言われるけれど、そうであった方が素敵なんだから、そうに決まってる。  今年も何もないらしい。もうすぐ終わりが見えてしまう。  大学生になる春の異常気象。期待していたけれど、まだまだ私には劇的現象にたどり着くための運命指数みたいなものがたりないらしい。  そして、毎年恒例の先客を見つけて今日も終わる。 「やあ、名古さん」 「やあやあメガネくん」 「あなただけですよ。メガネをかけてない僕をメガネくんと呼ぶのは」 「絶対似合うから、かけてみてよ」  舞い散る雪の中に立ち、柔和な笑みを浮かべるメガネくんは、この灰色の世界の住民みたいに見える。瞬きをしたら、雪が視界を遮ったら、溶けてなくなってしまいそうだ。  少し不安になってぽんと腕を叩いてみれば、私よりも細いのではと嫉妬しそうになる腕の感触。これはこれで不安。 「ご飯食べてる?」 「食べてますよ。ご心配どうも」  いつもは堤防に腰かけて話すけれど、堤防は白く染まってる。  二人して桜を見上げて、花弁の代わりに舞う雪を目で追いかける。  手を伸ばせば、桜の花びらよりも簡単に手のひらに乗り消えていく。冷たくなった手になおも冷たさを感じさせてくる。  何度か手に乗せ、消えずに少し残った雪を見せれば、メガネくんは小さく拍手をくれた。  座れない代わりに堤防に寄りかかった。のけ反って背中を伸ばすと、そっと頭に触れないように、メガネくんが手を添えてくれる。  後頭部がくすぐったい。  体を戻して、視線を桜に。  息を吐く。雪より薄い白色が、雪に逆らい上っていく。 「大学はどう?」 「お互いまだ始まってないでしょ?」 「新しい家は?」 「残念ながら一人暮らしを始める予定はないんですよね」 「友達出来そう?」 「どうでしょう。出来たらありがたいですね」 「来年はなにか見つかるかな」 「今年はこの雪を見つけたでしょう?」 「これ、見つけたっていうの?」 「いいんじゃないですか? 素敵なものに変わりはないでしょう?」 「うん。それもそうだ!」  いいことを言うなメガネくん。  メガネくんがクスクス笑う。つられて私も笑ってしまう。  来年の春に少し思いをはせる。何が変わって、何が見つかるだろう。  来年は、メガネくんはメガネをかけてくれるだろうか。 「実は、買ってみたんですよ」 「何を?」 「伊達メガネ」  そう言って、おもむろにポケットから、長方形の箱を取り出した。  濃紺の箱の中には黒縁のメガネ。  迷うことなくかけてみせ、照れ臭そうに、いつもと違う笑顔を向けてきた。 「似合います?」  雪が喉に詰まったのかと思うくらい、言葉が出てこなかった。  困ったように頬をかく動作に、はっとして、ニッと笑って見せる。 「似合わない!」 「僕もそう思います」  ちょっと悲しそうにしてメガネを外そうとするから、ぐっとその手を押さえた。 「今度一緒に似合うのを探しに行こう」 「まだ面白がるつもりなんですか?」 「いやメガネくんのセンスが絶望的なんだって」 「酷いですね」 「だいじょうぶ! 私が選んであげるから」 「それは頼もしい」 「だから、一つお願い」 「なんです?」  勢いで言えると思っていたのに、言葉が詰まる。  視線を下げて、メガネくんの手の温度を感じながら、顔も少し逸らしてやっと、喉に詰まった言葉は、粉雪よりももろく私の口から落ちていく。 「私の前以外では、かけないで?」  触れている手から、体が強張ったのがわかった。  はじかれたように顔を上げた。  そこには、桜色に染まるメガネくんの顔があった。 「え、あの、それは……。どういう?」 「明日!」 「は、はい!」 「13時に駅! 遅刻禁止!」  走り出したのは私の意思ではない。  もう少しだけあの顔を見ていたかったはずだから。  だけど私は振り返らない。振り返れない。  桜並木の下を行く。  季節外れの雪は、いつのまにか、止んでいた。                了
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