附子

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 杏が気を失っていた頃、香霧一行は既に林殿近くまでやってきていた。  杏の両親を心配させる訳にはいかないと香霧が言うので、少し手前の大きな街に宿をとった。突然やってきた皇族とその一団に宿屋の主人は喜びより焦りが勝ったようで、吹き出る汗を拭きながら部屋へと案内してくれた。 「四方に飛ばせた『鷹』からの報告は」  部屋で食事をとり終えた香霧は暮れた山並みから目が離せないのか、外を見たまま秀零に報告を求める。 「林殿には異変なく、杏様がお戻りになった形跡はないようでございます。  山中も探らせておりますが、夜になると獣が出る為、朝になってから探索させる予定を立てました。  それと、これは関係ないかもしれませんが……」  言い淀む秀零に香霧が振り返り「話せ」と静かに命じた。 「最近、この辺りで海の民を見かけたという情報が入りました。風貌からいって、伊乃国の民ではないかと」 「伊乃国か。  何をしていたか聞いたか?」 「それが毎年のようにやって来ているから、山の獲物を捕りに来ているのではないかとい話にございます」  香霧は顎を人差し指でなぞり、暫く考えた後、口を開いた。 「伊乃国は敵国ではないしな。咎める必要はないのだろうか。  どう思う? 秀零」 「一応、親書を送り、出方を窺ってみるのもよろしいかと。  禁じていないとはいえ、入国を許しているわけではございませんし」  香霧の指は再び顎をなぞる。
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