附子

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附子

 木々が枯れ、世界が不気味にゆれていた。よくよく見ればここは懐かしい林殿の杏子の林。そのことに気がつき振り返れば、家は崩れ廃墟となっていて人っ子一人いない。 (母様!)  あらん限りの声で叫んだつもりだったのに、声が出ない。息苦しくなってきて呼吸をしたいのに、息を吸うことが出来なかった。杏はこの感覚をよく覚えていた。なんて言ったってつい最近体験したばかりの事なのだから。 (私、また……死んだの?)  息苦しいのにあまりに滑稽で笑いたくなったが、やはりそれでも声が出せない。 「おい……おい……聞こえているか」  知らない声にすら、すがりたい気分だった。 「意識が戻ってきているようだな。マナカよ、水をかけてしまえ」 「ユキシ、そういう事をするから女子(おなご)に怖がられるのだぞ」 「知ったような口を利くな」  頬をぺちぺち叩かれる感覚があって、杏は生きていることを感じると共に、不快感から重い瞼を持ち上げた。 「おお、ガラス玉のような目だ。飾っておきたいほどに透き通っている」  自分の瞳を覗いている男の言葉に「キャー!」悲鳴を上げた。男の方は甲高い悲鳴に酷いしかめっ面をした。 「だから言わんこっちゃないのだ」  もう一人の声の主を見て、悲鳴は上げなかったものの自分を連れ去った男だとわかり、再度叫び出したい気分だった。 「女、気分はどうだ」
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