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「伊乃国と我が国は国交がないと聞いております。要するに敵対しているわけではございませんのでしょう?
このまま穏便に帰していただければ私はこのことを他言いたしません。
互いに何も知らなかった。いえ、何も知らないままという事で」
それを聞いていたマナカがまた笑いだした。この人物、笑う時は本当に可笑しそうに声を上げる。けれど、今回は何がおかしいのか杏にはわからなかった。
「妃か。名は何と申す」
ユキシは豪快に笑っているマナカを放っておいて、杏に名を問う。杏は笑っているマナカが気になっていたが、そこは素直に「杏でございます。ユキシ様」と、答えた。
「良い目をしてるな。このまま俺のモノにするのもいいが」
ユキシが言うのと、杏は余暉の言葉を思い出して顔を強張らせた。
『奪われた女は奪った男に所有権が移る。』
呪いのように杏を襲う。
横からマナカが急に笑いを引っ込めて「それは駄目だ」と割って入った。
「シルシュタウは子をほとんど成さない。お前は世継ぎを沢山作らねばならないのだから、この女は適さない」
「え……そうなのですか?」
杏は初めて聞く内容に弾かれたように驚いて顔を上げた。そんなこと今まで一度も聞いたことがない。
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