附子

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「大声を出すな。外が荒れていて音は漏れないと思うが念には念を」  忌々しいとすら思っていたりもしたが、声を聞いただけで嬉しくて飛び跳ねたい気持ちだった。冷たい口調だって、今ならただただ余暉らしくて歓迎すべきことだった。 「まさか来てくれるとは!」  持っていた盆を台の上に置くと、余暉は頭から被っていた布を取り去った。これはこの地域の人が使う雨具らしく、他の人も被っていたので見覚えがあった。それに着物も伊乃国の物を身に着けている。 「ずっと近くに居たんだが、さすがに見た目が大きく違う民に紛れるのは無理があって、潜んでいたのだ」  確かに伊乃国の人々は顔立ちが余暉や杏たちとは全く異なり、一言で言い表せばすべてが骨太な感じだった。顎は発達して角ばっていたし、手足もかなりがっしりと太い。身長もマナカ以外はそこまで大きくはない。シルシュタウである杏は小さいとよく言われていたが、ここの女たちも身長的には大差がない。 「それでもここまでやって来てくれたのね」  孤独だった杏は近くに余暉が居てくれたという事実だけで、元気を取り戻していた。
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