附子

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 今でも鮮やかに浮かぶ、故郷の風景。父様が杏子の手入れをしている傍らで婆やが父様の手伝いをしているし、振り返れば家の前で母様が刺繍をしている。美しく長閑な日々。 (忌々しい記憶を捨てて生きることを望んだご先祖様たちはこの光景を見たかったのね)  苦しい生活でも平和に生きることを取ったのではないだろうか。国に貢献している時は、きっと経済は潤っていただろう。 「シルシュタウはいつか消えてなくなる運命なのかもしれない……」  苦しい生活、出生率は低く、人口は減るばかり。呟いた杏に「そうだな」と余暉は同意した。 「それはそれで悪くない道なのではないか。シルシュタウで居るのは過酷なことだ」  余暉の口からそんな風に言われると、否定できない。杏よりずっと辛い運命を背負って生きてきたのだから。それはシルシュタウの血を引いていたからで、もしも普通の人間だったらそんな苦労はしなくて済んだのだ。 「価値がないのでしょうか」  ふとそんな言葉が口からついて出たが、余暉はクシャっと表情を崩して笑みを漏らした。 「シルシュタウが価値があるかどうかは置いておいて、お前はそんなことないだろう。希少な民族であるのはお前の価値を決めるうえで些細なことだ。  俺はシルシュタウは滅びゆく運命でいいと思うが、お前は生きるべきだと思っている」  頬がゆっくり紅潮していくのを感じて杏が自分の顔を覆うと、余暉が「何をやってる?」と、言った。 「まるで……余暉が」
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