324人が本棚に入れています
本棚に追加
伊乃国で囚われの身になって十日余り、その間余暉が姿を現したのはたった二回だった。もっと顔を出して欲しいとお願いしても、余暉は「無理だ」とにべもない。
「嵐が収まって皆、顔を出して歩いている。もう、そうなると衣装を盗んだだけではここへ忍び込むことが出来ない。
伊乃国の建物は隠れる場所が少ないし、俺の見た目は奴らとはあまりに違い過ぎる」
「でも……寂しいのです!」
帝都に来た当初と同じように、話す相手もなく、しかも窓もない部屋に押し込められている。秀零が居ない分、こちらでの日々の方が酷かった。
「俺は見つかればタダでは済まない。それでも来いと言うのか?」
ぐうの音を出ない言い方をされて、杏は不満そうに口よどむ。
「余暉に何かあったら……それは絶対に嫌だけど……本当に寂しくて息が詰まりそうなのよ。だって窓もないのよ?」
話す相手がなくてもせめて外の移ろいを感じられたら、気持ちは楽になるかもしれないのに、伊乃国の人は配慮などしてくれないらしい。いつまでも窓のない部屋から出られない。
「まだ不確かだが、お前を唐達帝國へ連れて行くつもりらしい。それまで耐えろ」
変に希望を持たせるのは酷だから言いたくなかったんだが。と、余暉は自分で言ったことに腹を立てている様子だった。
杏は俄かに喜びで満たされたが、それはみるみる萎んでいく。
「そうなると、余暉はどうするの?」
最初のコメントを投稿しよう!