帝都

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 意気消沈した杏に気が付いた余暉は苦笑いして、杏の額をぴんと指で弾いた。 「お前といい、秀零といい、皆お人よし過ぎるだろう。  忘れるな、俺はお前を拉致してきたのだそ? もっと言えば、雪麗の身代わりとしてお前を選んだのも俺だ。俺が居なければ、お前は死ぬこともなかったんだ」  弾かれた額を撫でながら杏はそれでも痛いと文句を言うことも忘れて、力なく呟く。 「余暉の事は嫌いにはなれないんですもの。船の上で優しくしてくれたこととか、拉致してきたと言っても、それは雪麗から私を守ってくれるためじゃない……」 「じゃあ、俺とここから逃げるか? 俺と共に一生暮らすのか?」  まさしくグッと言葉が詰まった杏を見て、余暉はもう一度額を指ではじく。 「冗談だ。  この島国は荒い潮の中心にある。俺の技術では人知れず潮を突破するのは無理だ」  額を押さえていた杏に、余暉は最後にこれまでで一番優しい笑みを浮かべて言った。 「幸せになれ。  シルシュタウであるより前に、お前は一人の人間なのだ。  雪麗になど負けず、前を向いて生きていけ」  杏は思わず余暉の袖をつかんでいた。本当に咄嗟に着物を掴んでいて、自分でも驚いて自分の手を凝視してしまうほどだった。 「あ……なんか、今生の別れみたいでつい」  余暉は杏の手を掴んで、外させた。 「我らは……『鷹』という帝国の秘密部隊なのだが。色々な連絡手段を持っている。  ほとぼりが覚めたら、お前に便りを出そう。秀零経由になるがな」  疎い杏にも、余暉が普通の役人ではないことくらいわかっていた。秀零だって妙に足音がしないこととか、今考えれば納得しうることが多かった。 「それまで、私は香霧様や秀零を説得しておくわ。だから、便りだけではなく会いに来て欲しいのです」  余暉は背を向けて「先の事は何もわからん。神のみぞ知るだ」と、言いながら出て行ってしまった。別れも言わず、もちろんまた会おうなどとは一切口にしなかった。  杏は余暉の後ろ姿を目に焼き付け、こみ上げてきた涙を流さないように堪えていた。 (きっと、これが最後ではないはず。最後ではないはず)  祈るように繰り返すのだった。
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