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久しぶりに外に出して貰えた杏は、まだ夜が明けたばかりだというのに、あまりに強烈な太陽に目がクラクラしていた。目が馴染んでくると、入国した際、気絶していたので伊乃国を見たことがなく、初めて見る風景に圧倒される。
宮殿も民家と思しき家々も、軒下あたりまで高い塀で囲まれている。隙間から見える家には壁がない。これで嵐はどうやって耐えるのか不思議でならなかった。赤い屋根、赤土の塀、色鮮やかな木緑の色の木に、赤い大きな花が咲く。まるでここだけ夏に取り残されたようだ。
「もう船は準備が終わった。これから出向し、夜には交渉の席に就ける予定だ」
迎えにきたマナカは杏に今後の予定を告げ、手にしていた葉を杏に差し出した。大きな葉だが深緑色をしていて杏はこれまで見たことのない種類だった。
「船に乗っている間、奥歯で噛んでいるといい。船酔いが多少楽になるだろう」
前回会った時よりずっと立派な衣装を着ているし、何より手首と足首に金の輪を付けているマナカ。
「お主は国に戻るのにその衣装で良いのか。我が国の民族衣装を着せてやるのに」
自らの姿を見下ろして、唐達帝國の平民が来ている着物を確認した。確かに粗末なものだが、伊乃国の露出の高い衣装を借りる気にはならなかった。肌を出すことだけではなく、唐達帝國の人間として、自国の衣装を着て戻りたかったのだ。
「お気遣いありがとうございます。私はこれでよいのです」
答えながら受け取った葉を鼻のところまで持っていき、匂いを嗅いでみる。スッと鼻の奥へとひんやりとした風が吹き抜けたように感じた。
「口に含んでいるとやや苦みはあるが、まあ酔うよりましだ」
マナカに説明されて口に含もうとして、またマナカに大笑いされる。
「おいおい、聞いておらんかったのか。船に乗ってから噛めばよい」
ああ、そうだった。と手を止め、頭をぴょこんと下げて礼をする。牢のような部屋は居心地が好いわけではなかったが、窓がない事以外は概ね扱いは悪くなかった。今も縛られるようなこともなければ、平服であることを気にしてくれるのだ。それに酔い止めまでくれた。
「あの、親切にしてくださってありがとうございました」
礼を言う程のことなのかどうなのか。悩むところだが、もっと粗雑に扱われてもおかしくないかもしれないと思って一応礼を述べてみた。
「丁重に扱ったと知れれば、あっちも我らをぞんざいな扱いをしないと思ってな。
それに手段はどうあれ客人であることに違いはないのだ。客人は丁重に扱うのが我が国の礼儀」
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