帝都

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 客人を迎えるため、香霧は髪を珍しく高い所で結っていた。長い黒髪が一つに束ねられている。本来、これが皇族の正式な髪型なのだが、香霧は好きではないのか滅多にしないのだ。 「岬に船が見えるという報告が来ました。予定通りにございます」  先ほど部屋にやってきた秀零から報告を貰い、香霧は頷いた。窓の外にごく自然に視線がいく。 「海は穏やかなのか」 「はい。これ以上ないくらいに」 「それならば、杏も酔わずに来られるやもしれぬな」  杏を気遣う香霧の言葉に、秀零は祈るような気持ちで「はい」と短い返事をした。 「謁見の準備はどうだ?」 「既にほとんどの者が広間に入っております。  ……雪麗様も杏様の席にお着きのようです」  香霧が近くに置いてあった上衣を取り上げたので、秀零は衣を香霧の手よりそっと取り、背に回って腕を通すのを手伝う。 「伊乃国の一団も、杏を連れてきたのに杏の席にそっくりな女が座っていたら、驚くであろう」  腕を通し終えた香霧の髪を衣から丁寧に引き出していく。長く艶やかな髪が背中へと落とされた。 「それで杏様を……の杏様を偽者だと勘違いし、伊乃国が杏様をそのまま連れ帰ったりしないのでしょうか」 「どうであろうか。杏を切り札と考えておれば、動揺するとは思うが……」  そこで一旦言葉を切った香霧が向き直って、秀零の方へと体を向ける。秀零は衣の紐を一つ一つ結んでいく。 「動揺してもせっかくの持ち札は使わねば意味がない。何らかの形でちらつかせるだろう。私ならそうする」  衣装はまるで芸術品のような素晴らしい鷹の刺繍。香霧の着替えが終了し、最後に腰に剣を差すために、秀零はいつものように剣を恭しくささげた。 「余暉から連絡があればもう少し相手の出方がわかるのですが」 「連絡がないのだな。仕方あるまい」  腰に剣を差した香霧は余りにも勇ましく神々しさすら感じ、秀零は腰を落とし膝を床について頭を下げた。 「私も隅に座しております。ぜひ、杏様を取り戻してくださいませ」 「また嘘つきとなじられるかもしれないぞ? 戻ってきたら」  頭を下げたまま瞼を上げた秀零は「なじってくださった方が気持ちは晴れます。騙していたのですから、文句ならいかようにも」と返す。  香霧の手が秀零の肩に置かれ、二回トントンと上下する。 「杏がそんなことするとは思えん。冗談だ。  理由を説明し、許しを請えば必ず許してくれるだろう」  香霧の心遣いに言葉がなく、ただ小さく頷くにとどめた。 「今は伊乃国を迎えるとしよう。どう出てくるのか見物だ、行くぞ」  香霧に次いで秀零も立ち上がり、正殿にある謁見の間へと向かっていった。
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