公園にて

1.

　昼休憩を告げるチャイムが会社のフロアに鳴り響く。すぐに席を立ち、近くの定食屋へ一目散に走る奴。手作りのお弁当を持ちながら仲良し同士、フロアの席で食べる女子社員。みんな各々の昼休憩を過ごす。

「市原、今日の昼飯さ、新しく出来た定食屋に行かねぇ？」
　隣席の同僚の林に声をかけられて、市原は首を振った。
「いや。オレはいつものコンビニ弁当でいいよ」
「毎度のことながら、一人好きだなあ」

　市原は一人のんびりとエレベーターに乗り込み、十二階から一階まで降りる。ビルを出て隣のコンビニで弁当とお茶を買い、いつもの方向へ歩く。市原が向かった先は真ん中に大きな池のある広い公園だ。広大な土地に沢山のベンチが設置されており、市原はいつもの場所に座る。秋になったとはいえ、まだ昼間は蒸し暑い。シャツを腕まくりして弁当を開く。そして、一つため息をついて背伸びをする。
「ふー…」
　東京にある市原の職場は大手の商社だ。朝から夕方まで何かと忙しい。最近は残業が長くできないので、日中は戦場の様だ。
　そんな中、昼休憩が唯一の憩いの時間。仲間たちとワイワイするよりも市原はとにかく一人になりたい派だった。同僚の林はワイワイ食べる派のようで、度々誘ってくる。たまに一緒に食べに出るのだが、疲れてしまう。毎日この公園でまったりするのは、市原にとって午後からの激務をこなすための、大切な時間だ。

(ん…？)
　胸ポケットに入れたはずのスマホがない。そういえば昼前に使って机の上に置いたままだ、と市原は気づく。
　ネットニュースを見ながら弁当を食べるのが日課なのに、スマホがないとなるとボーっとするしかない。いつもは見ない公園の風景を、ボンヤリ見ながら箸を進めた。

　市原と同じようなサラリーマン達や、赤ちゃんを抱いた若い母親たち。ランニングをする夫婦など色んな人たちがこの公園を利用していた。遊具も少しだが置いてあり、休みの日には子供達も沢山来るのだろう。鉄棒も設置されていて一つは子供用、一つは大人用だ。

　その大人用の鉄棒で懸垂をしているサラリーマンがいた。ダイエットでもしてるのかと見ていると、三回ぐらいで続かなくなる。見るからに華奢で、小柄な彼の体型からすると、今までスポーツをしていないのだろう。
（出来ないんなら、やらなきゃいいのに)
　それでもまだ頑張ろうとする彼に市原は思わず笑う。
(小学生かよ)
　いつの間にかスマホのことを忘れて、市原は彼を見ていた。

　翌日。市原はコンビニ弁当を食べながら、見ていたスマホの画面から不意に目を離した時。昨日の懸垂の彼を思い出し、鉄棒がある方に視線を向ける。
　鉄棒の先に彼がいた。側のベンチには、市原と同じコンビニの袋が隣に置いてある。両手で鉄棒を握り数回、頑張るのだがやはり三回止まりだ。市原はまた可笑しくなって下を向いて笑う。
（毎日頑張ってるのかな、あいつ）
　何度もやって、なかなかできないのが悔しいらしい。顔に出ている。側の遊歩道を歩く女の子たちがクスクス笑っていた。それから数日間、観察したところ、天気の悪い日を除いて、彼は毎日懸垂をしていた。
(何でそんなにムキになって、懸垂を頑張ってるんだろう？)
　その日から懸垂の彼をチェックするのが、市原の楽しみになっていた。