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 蛍汰はどこかから飛んできたペンを額に受けて、そちらに顔を向けた。立ち止まるので、人だかりが団子になる。警備兵が止まらないでくださいと言っているが、蛍汰はペンを投げつけられたことにムカついたようで、ペンを拾って「どなたのですか」と高く掲げた。  はいはいと小太りの眼鏡の男が手を挙げ、カメラもそちらを向いた。記者団は蛍汰の声を得るチャンスだと感じて輪を縮める。警備兵がキレそうになっていた。  蛍汰は手を伸ばしてペンを彼に返そうとしながら言った。 「今、私はこのペンであなたに致命的な外傷を与えることも可能です」  そう言われて驚かない人間の方が少ない。眼鏡の男も少したじろいだ。  蛍汰はさっき暗唱したのと同じ事務的な目で相手を見ている。 「高い能力を持つことと、同時にその力を不要なときに使わないことを私はSDAで学びました。あの程度の混乱を起こす部隊を率いることは私でも可能だと思っていますが、私はSDA隊員ですので混乱を引き起こしたりしません。もちろん同年代の逮捕者が出たことは遺憾ですが、それ以外に思うことは特にありません」  蛍汰は眼鏡の男のジャケットの胸ポケットにペンを挿し、そして踵を返した。警備兵がやっと仕事ができると記者を排除した。 「そりゃそうだ」永瀬の後ろで同僚が納得するようにうなずいた。「俺らがやりゃぁ、あの半分の時間で首都制圧してるな」 「しかし清倫塾は実質、十数人だろ。あれが限界じゃないか?」 「今の矢嶋に声を上げさせりゃ、バカなガキはついてくるぞ」 「バカなガキは戦力外だろ」  警務特科では好き勝手に議論が始まっている。永瀬はブラウザを閉じ、おまえら仕事しろと怒鳴った。矢嶋蛍汰はまたデカイ石を放り投げた。あれが炎上のもとだっての。永瀬はぐっと額に手をやって、上層部に問題行動と取られないように祈るしかなかった。  森田紀博はケケケと笑いながら動画を見ていた。やるじゃん、ケータ。同年代の逮捕者が出たことは遺憾ですが、それ以外に思うことは特にありません。言ってみたいねぇ。イカンってどういう意味だっけ? とにかく熟語いっぱいで格好良かった。すげぇな、あいつ。賢そうに見えた。  SKY上にも次々に、蛍汰の台詞が再現されていく。感想も続々と届く。  男どもは「あの程度の混乱は簡単に起こせる」という言葉に興奮し、それがどの程度現実的かと検討を始めていた。蛍汰の制服姿に萌えるという女子の声も多く、紀博はその部分にだけはチッと舌うちをした。  紀博はSKY上に『PRAY FOR K』からの引用があるのを見てリンクを辿った。そこでは蛍汰の全台詞が再現され、英訳もされ、そして彼の過去の語録と比較されていた。  なんかすごい奴になったみたいだなと紀博は思う。最初に会ったときからメディアに追い回されてたのは変わらないが、以前は責められてばっかりだったのが、今回は賞賛も多い。何より毎回違う場所に包帯を巻かれたりガーゼや絆創膏をつけて出てくるものだから、それに対して心配する声や尊敬するような声が上がっている。テレビのヒーローたちは戦い続けても大した傷もなく、すぐに新しい戦いに出かけているが、生身の人間はやっぱり怪我をして入院ばかりなんだなと実感する。しかも蛍汰は一度も勝利を収めていない。そういうところも同情されるポイントでもあるのだろう。あまりにも不格好なヒーローだが、等身大とも言える。  さて、俺も頑張るか。  紀博は予備校の教科書が入った鞄を背負い直した。  負けねぇぞ、ケータ。  紀博は空に向かって指を差し、太陽に誓った。
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