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 久しぶりに制服に袖を通し制帽を被ると、それだけで何だか正義が味方してくれる気がした。こんなもんで風向きが変わるなら苦労はしないと蛍汰は眉を寄せて鏡を見る。しかめ面の自分と睨み合い、数秒間の後、蛍汰は鏡とのにらめっこをやめて息をつく。ため息とともに、今日のツキまで出て行く。いけね。蛍汰は急いで息を吸い込んだ。  聴聞会という名前はついているが、結局のところは秘密裁判だと蛍汰は思う。事務方が現場の意向とか事情を鑑みないのは世の常として、様々な命令が交錯する任務中にいつどの指示に従えばいいか迷ってる暇なんてなく、命令が絶対の公務員といえどもイザとなれば自己判断も必要だとか言われて、こうやって事後に自分の反射行動について理性的な説明を求められたらどうしようもない。反論の余地もないってやつだ。  蛍汰は自分の部屋を出て廊下を歩き、すれ違う同僚に軽蔑や憐憫の視線をもらう。いつものブーツと違って革靴は歩きにくかったが指定なのでしょうがない。営舎を出ると九月の朝の光が肌に当たった。夏はまだ陽光の中に残っている。今日も暑くなりそうだと目を細めながら階段を降り、聴問会場まで乗せていってくれる迎えの車の方へ行く。自分よりずっと年上の警備兵が待っていて小さく敬礼をした。謹慎中とはいえ、まだ敬礼をしてもらえる立場なんだと蛍汰は心の中でホッとする。 「矢嶋曹長、会場までご案内いたします」  警備兵がかしこまった口調で言い、蛍汰は返礼をしてから肩の力を抜く。 「よろしくお願いします」  頭の中で子牛が売られていく歌が流れ、蛍汰はどことなく砂っぽい香りのする改造ランドクルーザーに乗り込み、シートに背を預けてまた一つため息をついた。
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