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 蛍汰の属するSDAの警務特科は、主にテロ対策に関する任務を担っている。蛍汰が生まれる少し前に日本で初めて義務教育中の未成年がテロ行為に参加する事件があり、それ以来、国内テロは安上がりで短絡的な反社会行動として若年層に流行した。それは確かに流行と表現するにふさわしい形で広がった。国際的に名の通ったテロリストに心粋する若者が出て、そういった人間の著書が売れ、テロリストのマークを安易に使ったグッズが売れた。なんとなくテロは格好いいということになっていて、反テロの立場である警察官やSDA隊員の評価は下がり続けた。  テロリストの多くはインターネットを使って主張を広めた。格好のいい動画や、スローガン、そして同情を呼ぶような悲劇的な写真。そんなツールを使って彼らは純粋で偏りやすい若者の心をぎゅっと掴んだ。そして実際に世界各地で反体制的な考え方がポツポツと浮き上がりはじめる。アメリカで警官が襲われ、フランスでは軍人の家の壁に火炎瓶が投げつけられた。それから試験に遅刻しそうだからと鉄道に爆弾をしかける学生や、気晴らしに公園を爆破する若者が増えはじめ、親に怒られたから自殺する子どもや、成績が悪かったからと教師に殺人予告をする生徒も増えた。子どもたちにはわからなかった。どうしてそれをやってはいけないのか。大人たちは平気でそうしているのに。どうして自分たちは支配されていなくてはならないのか。  とにかく現状を厭う空気が世界を覆っていた。大人は規範としての役割を放棄し、子どもたちは目標を失って戸惑う。これは正しい世界じゃない。そういう違和感が積もり積もっていく。少子高齢化が進み、出生率は数年以内に一を切ると言われている。子どもたちは完全なるマイノリティになり、くすんだマジョリティに同化することを求められて拒む。自分たちの世界を作りはじめた彼らは、大人たちが自分たちを恐れていることを薄々感じる。被支配者から、支配者へ。その手段の一つが日常となりつつあったテロ行為だった。彼らは交渉手段の一つにテロを違和感なく選ぶようになり、その頃からテロを日常語として使う彼らのことをを呼ぶテロ・ネイティブという言葉も生まれた。実際、大人たちは子どもの行うテロを予測も防止もできなかったのだ。ただオロオロとするだけ。面白いほど子どもによる爆破予告は大人たちを困らせ悩ませた。  国の治安が下がると、経済的な打撃も受ける。国は外圧を受けて未成年者に対する法律を整え直し、若年テロ対策としてSDA内に対策本部ができた。元々SDAには十五才から隊員を受け入れる措置があったから、そこを少し工夫すればテロ・ネイティブと同世代を取り込むことは容易だった。同時に、既に十代後半になった者ではテロ・ネイティブの思想に染まっている可能性もあるとして、実験的にもう少し早い段階での生徒も受け入れてみることになった。それが初等教育課程と呼ばれるもので、蛍汰もそこに入った一人である。  蛍汰たちは教育課程を終えると、テロ・ネイティブに近づき、情報収集をすることを主目的として特設された警務特科に配置された。警務特科は数人の潜入隊員によって潜入での情報収集を得意としており、蛍汰もその潜入隊員の一人として、先月もテログループの中枢に潜入していたのだった。
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