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「広川君か」柘植は腕を組んだ。「いい奴だったんだがなぁ」 「え、どうしたんですか」蛍汰が身を乗り出し、柘植はいやいやと手で制して首を振った。 「どうってことはない。公安に戻っただけだ。こっちで使いたいからスカウトしたんだが、断られた。ああ、そうだ、広川君と言えば、彼から伝言があったんだ」  柘植は再び自分の携帯端末を出してメールを探した。  蛍汰はゴクリと唾を飲んだ。 「広川君も警察病院に入院してたんだが、君より先に元気になって退院してる。また見舞いに来るって言ってたぞ」  蛍汰は顔を伏せた。「来なくていいですよ」 「会わせる顔がないってやつか?」柘植は笑った。「あ、あった、これだ。何だか怪しいサイトにリンクが貼ってあるぞ」  柘植が端末を見せると、蛍汰はためらいつつも端末を受け取って画面を操作した。そのサイトについて最初に柘植に知らせにきた浜松が小躍りしていたのを思い出し、柘植は笑みをこらえた。  サイト『PRAY FOR K』には未だにポツポツと新しいコメントが上がる。柘植も驚いたのは、このサイトを優里に教えた後、彼女がサイト上に感謝のコメントを入れたことだった。優里は「突然申し訳ありません」と断ってから、自分の息子が今、こんなに多くの人に想われていると知っただけでも幸せですと書いていた。まだ体調は万全ではなく、後遺症としても残る可能性を指摘されていますが、本人はあんな子なのできっと前向きに頑張ると思いますと綴られたコメントの後には、二人を応援するメッセージが山ほど続いていた。 「何ですかこれ…」  蛍汰が言って、柘植はそうだろそうだろと笑った。 「SDAに直接メールも来てるし、いろいろ君を心配する声が届いてる。聴聞後には君はきっと人気者だぞ。メディアにも一般の人にもな。きっとSDAの広報も引っ張り出す。覚悟しておけ」  蛍汰はそう聞いて少し不安そうにした。 「少し怖いんですが」 「大丈夫だ、世間の風は君に追い風だ。無意味に責め立てる奴もいるにはいるが、そんな声よりも称える声の方が大きい。君は勇敢なSDA隊員として認知されてる」 「騒ぎを起こしたとして、損害賠償を求められるかもしれないと…その…逮捕された少年たちの家族なんかに訴えられるかもしれないと聞いているんですが」 「そんなわけないだろう。そんなことがあったらSDAは全力で守ってやるよ。君の行動の全てはSDAの許可なしに行えないって前提を全国民にわかってもらう。仮に君が独断で行動したとしよう。ではどうして救助が入ったのかの説明ができない。そうだろう?」 「そう…なんですが…」 「バカなことを心配してないで、リハビリと復帰に向けた努力を続けることだ。前だけ向いてろ」  柘植が言うと、蛍汰は納得のいかない表情を見せたものの、うなずいて携帯端末の画面に目を落とした。まだそこには励ましの言葉が見える。蛍汰が事情聴取を受けていたことも報道されており、それに応じてメッセージも変化している。大変でしょうが頑張ってくださいとか、怪我が一日も早く治りますようにとか、諦めないことを学びました、ありがとうとか。 「矢嶋曹長」  立ち上がった柘植が言うと、蛍汰は反射的にさっと顔を上げた。 「はい」 「私からも敬意を。君はよくやったと思う。高崎のことは君の過失ではない。君は混乱を未然に防いだ。未然に防いだから効果がよく見えないだけだ。自分に誇りを持て。SDA隊員として任務は果たしたし、これからも期待されている」  柘植が短く敬礼をすると、蛍汰は畏れたように慌てて返礼をした。 「ありがとうございます」 「いつまでも泣き言言ってるとぶん殴るぞ」  柘植は少しおどけて言った。  へらっと蛍汰が笑みを浮かべる。「わかりました」  とにかく柘植の檄はちゃんと入ったようだ。蛍汰は最後にはキリッと表情を引き締めて柘植を安心させた。
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