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「嬉しかったです。無理させてって悪いなって気持ちはあったんですけど、俺は何て言うか…楽しかったというか、楽しいじゃなくて、えっと…よかったというか。俺のせいで、いろいろ迷惑もかけたと思うんですけど、もうちょっと俺が大人になったら、たぶん、少しは恩返し…みたいなことができるかなって思うんで…少しだけ、待っていただけると…」  恩返し。そんなものは必要ない。むしろしばらく頑張るのを休んでほしいぐらいだ。優里はそう思って首を振った。蛍汰は言葉を切り、彼女を見て唇を真っ直ぐに閉じた。蛍汰の表情が少し暗くなる。 「次はどこの学校に行くの?」優里は自分の手に視線を落として聞いた。 「神奈川にある訓練施設に入ります」 「神奈川。じゃぁ近いじゃない」 「はい」蛍汰は優里の言葉の意味を正確には理解できずにうなずく。近い。どことどこの話をしてるんだろう。あ、東京と神奈川か。確かに近い。近いか? 北海道などに比べると近い。 「何をするの?」 「あ、前半は今までの仕事の延長みたいなものです。技術のブラッシュアップです。後半は指導課程になるので、それを教えるための座学や実技指導を受けます」  ふうんと言ってみたが、優里にはそれがどういったものかはわからなかった。 「それが終わったらどうなるの?」 「さぁ…」蛍汰は首をひねった。「適性によって、異動になると思います。今は警務特科というところなんですが、そこの後部支援になるのか、一般事務仕事になるかもですし、地方に行くかもしれません」 「そう…。学校にお休みはあるの?」  優里が聞くと、蛍汰はさっきのように表情を緩めた。 「あります。課程を受けている間も仕事なので、普通に休暇もありますし、給与も出ます」 「へぇ…いいわね」  優里が上の空で言うと、蛍汰は小さく笑った。 「どこか地方に行くことになったら、欲しいものがあれば言ってください。送ります」 「え」優里は目を丸くして蛍汰を見た。  蛍汰は驚いた優里に驚いて、動揺する。「あ、すみません、いらなかったですね。今どき、ネットで何でも買えますしね」 「いえ」優里は首をぶんぶんと振った。違う。蛍汰が踏み込んできてくれたのが嬉しかったのだ。ここで戻してはいけない。 「あ、あなたも、卵焼きぐらい、いつでも…」優里はそこまで言って、蛍汰が目を向けるのを見た。「食べに…」という声はとても小さくなってしまった。  蛍汰はしばらく固まっていたが、すぐに軽く笑った。 「いえ、それは…迷惑でしょう」  優里は顔を上げ、慌てて否定する。 「迷惑なんかじゃないから。もし来たいんならいつでも来て。新しい場所でうまくいかなかったり、仕事で落ち込んだりすることってあるでしょ?」  蛍汰はじっと優里を見た。 「冗談じゃなくて言ってます?」
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