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 それでもあの二月のテロの夜、優里は半狂乱になっていた。蛍汰が殺されると何度叫んだかわからない。どうして誰も助けに行ってあげないのと優里は永瀬を責めた。永瀬は大丈夫だからと、彼自身も緊張する顔で画面を見つめていた。蛍汰が救出はされたものの、重傷だと聞いたときも優里は意識を失いそうになった。気がついたら永瀬がそばにいて、蛍汰の手術が終わり危ないヤマを越えたと笑った。主治医から蛍汰の治療方針を聞くときも永瀬が一緒にいてくれ、不安がる優里を支えてくれたのだった。  優里と蛍汰の全てを知ってなお、彼は優里に好意を抱いてくれた。最初は怯えていた優里も次第に心を溶かした。そして今、蛍汰がその自分たちを尊重してくれようとしている。そう思うと涙が溢れた。ごめんなさいと、ありがとうが胸の中で交互に溢れた。  優里は蛍汰の方に向き直り、勇気を振り絞って両手を彼の方に出した。  かすかに笑みをたたえたまま涙を流している優里を見て、蛍汰はどうしたらいいのかわからず戸惑う。その戸惑っている顔を優里はしっかりと抱きしめた。そして実際に口に出す。 「ごめんなさい。ありがとう」  そこで蛍汰がようやくこの抱擁の意味を理解して緊張を緩めた。肩から力がふっと抜ける。  蛍汰がそっと手を上げ、優里の腕に手を載せた。 「こちらこそ、感謝しています」  優里はたまらず力を込めた。ギュッと強く抱きしめる。蛍汰は黙ってじっとしていた。  カツカツと音がしてノックがあり、優里は少し力を弱めた。蛍汰はドアの方を見ようと少し顔を傾ける。「失礼します」と浜松が迷いなくドアを開き、それから「あ」と声を出してから「失礼しました」とドアを閉じた。  ふっと蛍汰が笑うと、優里も一拍遅れて笑い出した。そして蛍汰から身を離す。 「呼んでくる」  優里がそう言って部屋を出て行き、蛍汰は書類やタブレットをひとまとめに片付けた。  優里と一緒に戻ってきた浜松は気まずそうだった。 「すみません、曹長。お母様と親子水入らずだったのに」 「別に構いません」蛍汰は答えた。「一生の別れでもないんです。また会えます」  蛍汰が何でもないように言い、優里が驚いたように戸惑うのを浜松はそっと見た。  蛍汰は書類の入った封筒や荷物を浜松に持たせると、少し傾いた歩き方でベッドから立ち上がった。優里は蛍汰の邪魔にならないように避ける。浜松はあっさり出て行こうとする蛍汰を慌てて追った。  蛍汰はドアの前で回れ右して優里を見ると、ぎこちなく敬礼をした。ぎこちないのは、怪我がまだ完治していないせいでもある。 「ありがとうございました」  蛍汰は背を向けて病室を出た。浜松は荷物を持って、優里に深く礼をした。優里も礼を返す。  浜松は彼女に何か言おうかと思ったが、蛍汰がどんどん行ってしまうので慌てた。 「あの…矢嶋曹長、頑張ってるんで。尊敬できる方です。失礼します」  浜松がそれだけ言って踵を返し、優里は目を丸くして廊下を走って行く彼を目で追った。すれ違った看護師が「走らないでください」と怒っているのが聞こえ、優里は微笑んだ。蛍汰の姿は既に見えなかった。
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