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 スイッチ・テロに関心のある人たちにとって、自分が有名人であるということを認識させられ、蛍汰は取材後は少し鬱な気持ちになった。やはり顔が割れているというのは潜入隊員にとっては気味の悪いことではあった。浜松はそんなこと気にせず、自分のことのように浮かれている。 「元気出してください。今や曹長は、彼氏にしたい公務員ナンバーワンらしいです」  運転席の浜松が言って、蛍汰はげんなりと彼を見た。 「代わりましょうか」  そう言うと、浜松は笑った。冗談だと思われたらしい。蛍汰はため息をまたついて前を見た。 「広報室の同期が言ってましたよ、カレンダーを作るとか、リクルート動画に出てもらおうとか」 「吐きそうです」 「え!」浜松は慌てて蛍汰を見た。そして路肩に車を寄せる。「大丈夫ですか」  いや、酔ったわけではなく。蛍汰は今までで一番深い息を吐いた。しかし上から命令が出れば従うしかないのだろうなと思う。 「矢嶋曹長」  浜松が余裕のある笑顔で蛍汰を見た。蛍汰はまた何を言われるのかと彼を見返す。 「一つ言わせていただいてもいいでしょうか」  浜松はいつもの能天気な口調ではなく、真面目な顔で言う。 「何でしょうか」蛍汰も警戒心を前面に出して答える。 「これは厳重な口止めをされてるんですが…」 「では言わない方がいいんじゃないでしょうか」 「吐くとか言うんですもん。そんなこと私以外の前では言わないでくださいね! シャキッとしてください。野本三曹がテロ処理のときの曹長のこと、アレはすごいって言ってましたよ! あの口の悪い野本三曹がですよ! 本人には絶対言うなって言われたんですけど」 「じゃぁ言うな。あのときは…あれが精一杯で、全然ダメダメでした。すごくないし、実際、被害も…大きく…」  蛍汰は頭に当時の記憶がよぎって首を振った。記憶も一緒に振り払う。 「野本三曹が曹長と入れ替わってたら、結果はもっと良かったと思いますか? あるいは私が曹長と入れ替わってたら」  浜松が言って、蛍汰は浜松を見返した。目が点になる。そんな想像はしたこともなかった。 「野本三曹は血だまりを見て腰が抜けたって言ってました。曹長は高崎を追いつめた上、爆発物を取り除いて全員を助けようとしてたのに、自分は何もできなかったって。野本三曹はめちゃくちゃ悔しがってました。あのときに自分がもっと根性があれば、曹長を援助できたのにって。私だって調査部として、もっと正確に情報を集められていればとか思います。仲間が怪我をしたり死んだりと聞くと、悔しいです。悔しいですが、精一杯やったのも事実です。違いますか? 曹長が今後、もっと力をつけようと思うことは間違っているとは思いません。でも、私たちは誰一人手を抜いたりしていません。そして世間の人たちが曹長をSDAの象徴として捉えているのも間違いではないと思うんです。だからこれは曹長の任務なんです。元潜入隊員、現SDAの顔です。顔としてできることはたくさんあります。曹長は前から言ってたじゃないですか。テロをする側の気持ちもわかるって。ドネイション・テロをする奴らに言いたいことがいっぱいあるって」 「以前は…そうでした」 「今は違うんですか?」  そう問い返されて蛍汰は目を伏せたが、すぐに浜松を見返した。俯くのは失礼だと思った。 「あの日、自分の言葉が誰にも伝わらないことを強く感じました。語るべきなのは私じゃないんだと実感させられました」 「あの日は、です。今とは違う」 「浜松三曹が仰ることはわかります。わかるんですが…」 「私からは以上です。あとは広川さんに説教してもらいます」  浜松が小さく息をついてハンドルに手を戻し、アクセルを踏んだ。 「…え?」  蛍汰は聞き返したが、浜松はムスッとしたまま答えなかった。
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