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 昼食をここでとりますと浜松がファミリーレストランの駐車場に車を入れた。そして蛍汰がついていくと、ボックス席に広川が待っていて驚いた。 「曹長、お久しぶりです」と広川は変わらぬ軽さで手を挙げた。 「広川さん、曹長はやっぱり広告塔は嫌みたいです」浜松は愚痴りながら広川の隣に座る。  そういうわけで蛍汰は二人の向かいに座り、どうやら二人にこれから説教されるのだなと勘づく。蛍汰も浜松も制服でやってきたから、ファミリーレストラン内では少し目立っていた。できればドライブスルーが良かったと思いながら、蛍汰は極力周りを見ないように気をつけた。 「日替わりランチでいいですか」広川が取り仕切る。 「いいですよ」浜松が答え、ボタンを押して店員を呼んだ。そして広川が注文した。  蛍汰は黙って二人を見ていた。どうやらこの感じだと、何度も事前に会っていたなと思う。はめられたと言ってもいいぐらいだ。 「弟のことでは申し訳ありませんでした」広川が言って、蛍汰は唾を飲み込んだ。 「いえ、こちらこそ、何もできず」 「家族としてはどうしようもなく穴があるんですが、状況としては曹長に非はありません。弟は私が殺したようなものです。私が一生背負って行く罪です」 「高崎が殺したんです」 「違います」広川は蛍汰を真っ直ぐに見た。「私が撃ったとき、高崎が弟を盾にしました。弾は当たりました。致命傷ではなかったかもしれませんが、それに近かったはずです」 「盾にしたあいつが悪い」 「盾にしますよ、誰でも」 「阻止できた」 「曹長、自分を責めないでください。あなたが阻止することは不可能でした。高崎は全ての筋道を用意していたからです。そして矢嶋曹長、あなたが見つめるべきは後ろじゃありません。前です」 「わかってます」  蛍汰は苛立つように二人の年長者を見た。諭すように語りかける二人に苛立つ。正論はわかってる。それでも自分の未熟さに腹が立つのだ。 「矢嶋曹長、曹長はきっと自覚してないんです」  広川が言って、蛍汰は彼を睨んだ。「何をですか」  広川は刺々しい蛍汰の言葉に苦笑いする。 「あなたは高崎が死んだことを悲しんでるんですよ。それを自覚してないから、ずっと自分を責めちゃうんです。ストックホルム症候群なんて、聞き飽きた話じゃないですよ。あなたは高崎にコントロールされたわけじゃない。同情したんでもありません。最初から曹長の求めるものと、高崎が求めるものが一緒だったんです。道が違った。そういう話だったでしょう?」 「だからって犯罪者を悼むのは違うだろ」 「高崎だって犯罪者という顔だけを持っていたわけではありません。清倫塾ではよき指導者だったし、SKY開発現場では頼れるプロデューサーでした。矢嶋曹長が曹長だけじゃなく、愉快でおちゃめな十八歳だったり、誰かの息子だったりするようにね」 「だから何だ」 「もし高崎が生きていたらと願ってるんじゃないですか? そしてそんなことを考える自分を殴りつけたくなる。そうやって毎日自分を罰し続けてるんでしょう?」 「カウンセラーのつもりですか」 「いいえ」広川は寂しげにニコリと微笑む。「私がそうだからです。弟は馬鹿で犯罪にも加担していました。でも死んでしまってせいせいしたとは思えない。どうしたらいいんでしょうね、私たちは。曹長ならわかってくれるんじゃないかと」 「家族なんだから悲しんでやればいいと思いますけど」 「じゃぁ曹長も同志の死を悲しんでやればいいんじゃないですか?」 「同志じゃない」 「同じ志と書いて、ドウシと読むんです」 「同じ志を持ったつもりはない」 「強情だなぁ」広川は苦笑いして浜松を見た。浜松は黙って肩をすくめる。  広川はため息をついて蛍汰を見た。 「これを認めないと、曹長はまた同じ過ちを繰り返しますよ」 「もう高崎はいない」 「違います。間違った道を進もうとしている友人を、いつかまた引き止められずに失うという意味です」 「友人じゃないし、誰も失いません」 「失います。だって曹長は相手を友人であり同志だと認めないんですから。敵だと認識している限り、あなたは相手を失います」  蛍汰が口を開きかけたとき、日替わりランチが届いた。  テーブルに全てが揃ってウェイトレスが下がった後、広川が箸を配りながら蛍汰を見た。 「失うことが怖くて敵認識してるんでしょうが、間違いですよ。敵認識を外してみてください。高崎は曹長の中に戻ってきます。曹長はきっとそこから安定を取り戻せるはずです」  蛍汰は黙って二人を見比べた。悔しいほどに心の中を言い当ててくる二人にイライラとする。これが年齢の差なんだろうか、それとも人間力なんだろうかと蛍汰は思った。  安定はしたい。もうそろそろ気持ちを落ち着けたい。そうは思っている。できなくてムシャクシャしている自覚もある。導いてくれる人を探していたのも事実だ。 「私たちは曹長の部下であり、年上の友人でもあるつもりです。騙されたと思って、少し考えてみてください。しかし、今はとにかく食べましょ。冷めちゃう」  広川が明るく言って、いっただきまーすと手を合わせた。
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