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「わかりません」
聴聞会場がざわつく。蛍汰はゆっくりと目の前の年寄りたちを見つめた。一番若い正面の上官でさえ四十代半ば。蛍汰の倍以上生きている。きっとこんなガキはすぐに責め落とせるとでも思っているのだろう。バカにするのも程々にしてほしい。
「潜入目的がわからず潜入していたとでも言うのか?」
「最終目的はわかっていました。テロ組織の壊滅です」
「そのためには、目の前の虐殺を黙殺しろと命令を受けたか?」
「いいえ、受けていません」
蛍汰の回答に、聴聞官たちは満足そうにうなずいた。
「敵の攻撃には屈するなと教育されているはずだが、そういった教育を受けた記憶は?」
「受けました」
「人質殺害は攻撃と見なされるのではないのか?」
「見なされます」
「では、君はそれを妨害すべきだったのではないか?」
「私が、というか、我々が妨害すべきでした」
「我々というものの中に君は含まれていないのか?」
「含まれています。しかし、」
「一番近くにいた者が君だった。では君が動くのが妥当だったのではないか?」
ため息をつかずに返事をするのが困難になりつつあった。蛍汰はこのバカバカしい聴聞会が早く終わることを祈った。
「後から考えれば、そうです。それが妥当だと思います」
「後からも前からもない。君は判断を誤ったのだ」
「救出チームはどうして編成されなかったんですか」
蛍汰が言うと、先ほどから質問を繰り出しては蛍汰を真綿で締め付けて喜んでいたハゲがムッとした。
「機密事項だ」
そうかい。蛍汰は唇を一文字に引いた。口を開けば嘲笑が漏れそうだ。
「被害者を救うこともせず、テロ情報も手に入れられずに逃走した。本来なら厳罰で即刻免職、及び禁固のところ、こうして聴聞会を開いているのだ。余り口答えすると、心証が悪くなるぞ。素直に誤りを認めることだ。懲戒免職は困るのだろう?」
蛍汰はじっと質問者を睨んだ。クソハゲ。足元を見やがって。
ハゲはニヤリと気味の悪い笑顔を見せる。
「君は判断を誤ったと認めるか?」
聴聞会でも秘密裁判でもない。これはただの罪の押しつけだ。濡れ衣とかそういうもんでもない。みんながわかっていて、みんなが知らんフリをしている、ただの猿芝居だ。蛍汰は目を伏せ、拳を握った。クビは困る。でもこの不名誉を受け入れるほど困るかどうかは迷うところだ。もうクビでもいいんじゃねぇかと頭の中で声がする。たかだか八年ぐらいのキャリア、捨ててもいいんじゃねぇの?
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