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「矢嶋君」
二段目ぐらいから声がして、蛍汰は視線を上げた。どこだ。誰だ。蛍汰が視線をさまよわせるのも束の間、バッチリ目が合った。全然見たことがない顔だった。その周りも驚いたように彼を見ている。ここの構成員の平均年齢より少し下の四十代後半。少し灼けた笑顔は管理職というよりは現場に少しは近いような気がした。だがスーツの着こなしは十分にデスクワークがある程度長いことを表している。
「暴れても得しないよ。謝っておきなさい」
蛍汰はその相手を睨んだ。「貴重なご助言、ありがとうございます」
蛍汰がそう言うと、太い眉のオジさんは含み笑いで蛍汰を見た。結局からかわれただけのようだ。蛍汰は全員に聞こえるようにため息をついた。
「謝罪の言葉を聞かせてもらえるかな」
質問者がさっきのハゲに戻り、蛍汰はその相手を見た。ニヤニヤが止まらない顔をしていて、今すぐ顔の真ん中を銃で撃ち抜いてやりたくなる。もちろんやらないが。
「申し訳、ありませんでした」
蛍汰は絞り出すように言った。これで満足だろ。
「それが謝る態度か。被害者遺族にそれで誠意が伝わると思ってるのか」
はぁ? 何をホザイてんだ、このくそボケが。心の中で思っただけのつもりだったが、蛍汰の目がそれを最大限に表現してしまったらしく、ハゲは蛍汰が言い返す前に激昂した。
「何だその態度は! 最大限の誠意を見せろ!」
怒鳴って立ち上がったハゲを見て、蛍汰は周囲の年長者たちに救いを求めた。おいおい暴走ジジイを誰か止めろ。こいつ頭から火を噴いてるぞ。
「地面に手をついてちゃんと謝れ!」
ハゲは醜いぐらいの形相でつばを飛ばしながら怒鳴る。
「はぁ?」
今度こそ声に出てしまった。ハゲは煮立ったように蛍汰の方へやってきて、蛍汰は思わず数歩逃げた。警備兵がそれを止め、蛍汰はハゲにボカンと殴られた。もう一人の警備兵がハゲを落ち着かせようと声をかけるが、全く聞いてない。警備兵から見ればハゲは雲の上の上官で、さすがに羽交い締めして止めることもできない。もっと上の命令があれば別だが、ギャラリーはどうしようもないという顔で騒動を見ているだけだ。むしろ蛍汰に無言のプレッシャーを与えてくる。早く謝ってケリをつけろと。
「謝れ!」
ハゲは自分の足元を指差した。蛍汰がそれを見ても何もしないのに苛立ち、またボカンと殴る。ここで手を出したら、完全に懲戒免職だ。蛍汰は殴られるたびによろめきつつ、何とかぐっと耐えた。
「警備兵、そいつに土下座させろ」
ハゲは権力を使うことにした。警備兵は最初は二人がかりで、蛍汰が抵抗するので最終的には四人がかりで蛍汰を座らせ、床に額を押し付けた。頭の上をおそらくはハゲが踏みつけ、蛍汰はこんなことなら謹慎中に逃走しておけば良かったと後悔した。
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