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点滴は劇的な効果を見せ、蛍汰は数時間後にはすっかり元気になっていた。医務室で今後の生活の注意を受けていると、さっき教育監督官だと思ったオッサンがやってきた。
「矢嶋君、辞令をもらってきたから受け取ってくれる?」
SDAという組織に似つかわしくないフレンドリーさで上官は言った。蛍汰はようやくまともな頭になっていたので、彼から封筒を両手で受け取った。
封筒の中には紙が一枚入っていた。白い紙に黒い文字が素っ気なく並んでいる。
『矢嶋蛍汰 貴殿は○年九月十二日付で、警務特科調査部に配属する』
四角い判子が押してあり、SDA長官の名前がサインしてある。
封筒には『柘植担当』とメモが書いてあった。
「それ、私の名前なんだけど、読める?」
上官が言って、蛍汰は彼を見た。角度が悪く、階級章がよく見えない。
「ツゲ…大佐、ですか?」
「いやいや、少佐です。よろしく」
柘植が手を出し、蛍汰は慌てて直立した。それから急いで手を出す。柘植が笑って握手をした。
「礼儀正しくなってビックリだ。矢嶋君、さっきまで私の話、無視してたの覚えてる?」
「申し訳ありません」
蛍汰は深く頭を下げた。血迷ってました。すみません。クビはナシで。
柘植は笑って蛍汰の肩を叩いた。「おいで、新しい居室を用意したから。荷物は勝手に運んでおいたよ」
「恐縮です」
蛍汰はかしこまって言った。
「調子狂うなぁ。元々はそういう感じ? 聴聞会とさっきの君を見てたら、ものすごく奔放な子なのかなと思ってたんだけど」
柘植は笑いながら蛍汰の前を歩く。蛍汰は柘植について歩きながら、この人が直属の上司になるのかと背中を見た。人当たりは良さそうだが、実は厳しいとか、そういうありがちな感じが背中から滲み出ている。エリート幹部というよりは、現場からの叩き上げの雰囲気が醸し出される。その柘植がチラリと振り返り、蛍汰は今の質問に答えていないことに気づいた。自分が奔放かどうか、という話だった。
「いえ、あの…先ほどは失礼しました」
そう言うのが精一杯だ。時間を巻き戻して、柘植の言葉を無視した自分をひっぱたきたい。
「いやいや、元気で結構」柘植は笑った。
懲罰房のある棟を出て駐車場に行く。蛍汰は運転手が待っているのかと思ったが、どう見ても私物の乗用車があって驚いた。柘植はさっさと運転席に座り、助手席に蛍汰を待つ。
「運転しましょうか」
蛍汰が言うと、柘植は首を振った。「私はドライブが好きでね。ちょっと本部をまわりながら話をしよう」
そう言われて蛍汰は助手席に乗った。失礼しますと動くごとに言っていたら、柘植がそんなに緊張しなくていいと言った。それでもやはり緊張する。柘植はハンドルをゆっくり切って駐車場を出る。そしてセキュリティゲートをいくつか通過して敷地外に出た。敷地の外周壁に沿った通りをシルバーセダンが走る。SDA本部の敷地はいくつか道路で分割されているが、全体にはかなり広い。専門店が建ち並ぶショッピングモールのようなもので、それぞれが持つ営舎や訓練場を合わせるとオリンピックも開催できるぐらい広大になる。
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