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「というか公道を走る免許は持ってたっけ?」
柘植が思い出したように聞いて、蛍汰は運転席に体を向けた。
「はい、二ヶ月前にいただきました」
「わお」柘植は少佐らしからぬとぼけた声を出した。「てことは十八歳と二ヶ月ってこと?」
「はい、そうです」
蛍汰は肩をすくめる。さっきのプロフィール資料に書いてあったはずだが。
「ごめんねぇ、生年月日は見たんだけど、年齢計算はしてなくて。矢嶋君、ほら見て、あそこの木。大きくなったろう? 初等教育課程の校舎があるだろ? もう今は使われてなくて閉鎖されてるんだけどね。あの桜、たぶん記念植樹したんだと思うんだけど、覚えてる?」
蛍汰は記憶を辿った。記念植樹。そういうものをやったような気がする。
「入隊式典の時ですね」
「そうか、入隊式典だったか。めでたいから桜なのか」
そうじゃなくても日本人は桜が好きだ。蛍汰は濃い緑の葉を茂らせている桜を見た。九月が始まったばかりでまだ暑い。秋なんて当分来ないんじゃないかと蛍汰は思った。
柘植の車はその桜の横を通り過ぎる。
「初等教育課程、どうだった? あれは今ではタブー視されているぐらい、みんな触れたくない話題なんだけど、ここは無礼講ってことで」
どう、と言われても。蛍汰には判断しようがない。他の教育を受けていない。が、上官に質問されて答えないという選択肢もない。ましてやそれが今後世話になるとはっきりわかっている上官ならなおさらだ。
「そうですね…私自身はそれほど問題だったような記憶がなくて申し訳ありません」
「そうかぁ。人権侵害とか洗脳だとか言われてることについては?」
「洗脳ぐらいしないと、こういう仕事はやっていけないのではないかと思います」
「わお」また柘植は笑った。短時間だったがくるりと真っ直ぐ蛍汰を見たので、蛍汰の方が驚いたぐらいだ。仮にも国家公務員が脇見運転で警告されては同乗者としても責任が発生する。
「でもそうだよねぇ、あれがなかったら、君みたいなのが育ってないわけだしね。端から見れば洗脳かもしれないけど、内側から見れば君たちは精鋭だよ。あの何でもスポンジみたいに吸い込んじゃう時期に、こっちの情報を重点的に詰め込めたのはラッキーだよ。人体実験と批判はされたし、君がいつも恐れているように、外に出れば全く違う常識があって、君はとんでもない出来損ないになるとしてもだ」
柘植は独り言を言うように言った。蛍汰はそれに対し、どういう相づちを打てばいいのかわからない。だから無難な答えをつぶやいておく。
「そうですね」
それが無難な答えだと知っているように、柘植は唇の端で笑った。
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