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「計画段階では初等課程は希望者がいないんじゃないかと思ってたらしいよ。それが百人近くも集まって驚いたそうだ。当時も景気はそう良くなかったし、脱落しなければ国家公務員への道が確定しているルートというのは親にとって魅力的だったらしい。しかも学費も生活費も全額国費となるとね。おまけにわずかだが給料さえ支給されるなんてね。でもこっちの受け入れ態勢がなかったから、書類審査と面接で十人まで減らした」 「そうなんですか」  蛍汰は初耳だったので目を丸くした。入隊式典に来たのは八人だったから、それぐらいしか応募がなかったのだと思っていた。入隊後のオリエンテーションの翌日、同期生は五人になっていた。どうやらオリエンテーションの後に辞退者が出たらしい。蛍汰ともう一人、長谷川智実が十歳で、一人が十一歳、残り二人が十二歳だった。同時に中等課程も開始され、何人かいたと思うが校舎が別だったので蛍汰はよく知らない。初等課程の各課程をクリアすれば中等課程に上がることができ、年齢が上の生徒はやはり上がるのが早く、最年少の蛍汰と智実が一番遅かった。それでも二人はほぼ同時に上がった記憶がある。 「しかし実際に犯罪やテロ行為の低年齢化がこうも進むと、取り締まり側も成人だけってわけにいかなくてね。君が潜入してた組織だって全員十代だったわけだろう? そうなるとこっちは手が出せない上、情報も集まらない。今後、こっちももっと低年齢化を進めないといけないはずなのに、なかなか腰が上がらないんだよね」  蛍汰はうなずいた。「長谷川のことがあるからですよね」 「その通り。君は聡明だから話が楽だな」  いや、きっと誰でも想像がつく。蛍汰と長谷川智実の実力差は初等課程で既に差が現れ、中等課程に進む頃には、智実は完全に幹部候補生としての道を約束されていた。蛍汰だって今も優秀だと言われているように、当時もそこそこできた。ただ智実が特別抜群にいいものを持っていたのだ。ただ、その辺りでは体力差も現れ、頭脳面では智実が秀でていたが、体力面で蛍汰の成績が上回った。智実はそれが納得いかなかったようだが、それでも蛍汰と組んでの仕事も何度かこなした。  そして智実は転向した。蛍汰だって潜入行動を何度も経験してきたからわかる。確かに此方と彼方の間にあるラインは細くて見えづらい。同じものを違う方向から見ているだけではないかといつも迷う。彼らの思想にシンパシーは感じる。感じるが、そこに染まってはいけないと自分を律する。あるいは痩せ我慢をしていると智実なら言うかもしれない。 「長谷川君は君を何度か誘ったりしたんじゃないだろうか。調査票では君たちはかなり仲が良かったとある」  蛍汰は表情を硬くした。「これは聴聞ですか」 「いや。部下の人間把握の一環だ。プライバシーに限界まで踏み込むのがSDAのやり方だってのは、君もよく知ってるだろう?」  柘植は冗談なのか本気なのかわからない口調で言う。蛍汰はフロントガラスから見える並木道をじっと見つめた。智実が唐突に姿を消した一年前、蛍汰も調査を受けた。精神分析も嫌というほど受けさせられた。今でも定期的にセッションが組まれ、任務から帰るごとに不審な行動がなかったかどうか精密な調査が入る。常に自分の居場所を通知している必要があり、ときどき、自分は雇用されているのか、ただ監視されているのかどっちなんだと思うことがある。 「誘われませんでした。あいつは何も言わずに消えました。これは去年も散々話しました」  苛立ちが混じってしまい、蛍汰は少し後悔した。人事考査だったらどうするんだ。さっきの辞令は冗談で、本当は懲罰房に戻すと言われたら。
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