34人が本棚に入れています
本棚に追加
「勇実」
「え…?」
しばらくの沈黙の後、ふいに名前を呼ばれて、ドキッとした。
記憶を辿ってみる…樹深くんが勇実と呼び捨てしたのは、図書館で逢った時と、夏に一緒に歌った時。この二度だけだ。
「勇実。いい名前だよね。
もしかして、おばあちゃんが付けてくれた?」
「う…ん。よく分かったね。
ほんの少しの勇気が、実を結びますようにって…」
「フフ…そっかぁ…」
「樹深…も、いい名前だよ?」
ここで、やっと視線が絡み合う。
ちょっと見つめ合ってから…樹深くんはふっと笑った。
「そう…? どうなんだろうね…由来なんて聞いたコトないけど…木みたいに、どっしり構えろ! ってコトなのかね?(笑)
でもね…タツミって付けたいって言ったの、実は姉ちゃんだったらしい」
「えっそうなんだ」
「そう…
姉ちゃんは…俺の事、ずっと気にしてたなぁ…自分の事よりも…
樹深は樹深の、やりたいことをすればいい…って」
「そっか…いい…お姉さんだね」
「フフ…そうかな…ありがと…
多分ね…空のずっとずっと上の方で、喜んじゃってるよ」
視線を、私から窓の外に移した樹深くん。つられて私も、窓の外を見やる。
もう少しでまんまるになる月が、とても明るくてきれいで…
二人で、月を仰いだ。
私…やっぱり、マッサージの勉強を続けたい。
きっと、空からおばあちゃんが見ててくれる。
いつか胸を張って、報告できるように…
私の決意と、しんと冷えた部屋の空気が、静かに混じり合った。
──どのくらい、時間が経ったんだろう。
うつらうつら…眠くなってきた。樹深くんの肩に掛かる負荷が、だんだんと大きくなる。
「イッサ? 眠い?」
「う…ん。ゴメンネ…久々に…眠気が…」
「いいよ…向こうからお布団運んでこようか?
…イッサ?」
「……」
私の意識が落ちた。
こんなに心から安心して、まどろみながら眠りについたのは、本当に久しぶりだった。
…
最初のコメントを投稿しよう!