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急に、樹深くんとの距離が分からなくなってしまった。
遠巻きに眺める、路上ライブの樹深くんの姿。
安らぎであったはずの、喫茶KOUJIでの樹深くんとの時間。
ドクドクが常につきまとって、戸惑った。苦しい。
マッサージの勉強と並行して、遺品整理と、実家へ戻る為の引っ越しの準備をしていた、この頃。
ちょうどいい、その忙しさにドクドクを埋めてしまおうと考えた。
ある日曜日。
借りていた本を返しに図書館に行くと、そこでばったり樹深くんに逢った。
「わっ? あ、え、なんで?」
「イッサこそ。ここで逢うなんて珍しいね。
俺は、最近来るようになって。ちょっと、暇潰し」
「へえ。私はこないだ借りたから、返しに来た。
そうだね、あの時、図書カード作った時以来、ここでは逢ってなかったよね」
うまく、会話出来てるかな。なんでこんな事、気にしなきゃならないんだろう。樹深くんの目を、真っ直ぐに見れない。
「あー、そうだ、樹深くん。元ちゃんがまた、きたいわ屋に顔出せって。ラーメン食いに来いって」
視線を外しながら、私は言った。
「え、あ、そう。ふぅん」
あれ? ナニ? 樹深くんの反応が素っ気ない。
「ふぅんって…樹深くん、元ちゃんのラーメン好きでしょ?
元ちゃんも、樹深くんにまた食べて貰いたいって言ってたよ」
「うん…そっか。わかった。近い内に行くって、伝えて」
「ホント? よかった~。元ちゃんったらさぁ、あの味噌ラーメンを通常メニューに加えるって張り切っててさぁ…」
「…あ。危ない」
「え? あ…」
樹深くんにぐいっと手を引かれた。私の後ろを、人が通ろうとしてたから。
ドクドク…ッ
ああ、また。
いや、違う、今までのそれと、何かが違っている気がする。
胸の奥から競り上がったのは…樹深くんがいてくれたあの夜の、私の体を包んでくれた樹深くんの手の感触。
あれが、ありありと蘇った。
…
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