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さよなら
「早いのね」
リビングになる予定の部屋で荷解きをしていた途中、その声で佳澄は振り返った。
千晶が髪をかき上げながらドアにもたれていた。昨日の昼、千晶が起き出してきたときと同じだ。
「ちゃんと寝た?」
「あんまり」
「だと思った」
千晶との事後、どうにも眠る気になれなかった佳澄はシャワーを浴びてリビングで一人、酒を飲んだ。そのまま横になってみたものの、床は硬すぎて眠れるわけもなく、潔く荷解きをしていたのだ。
それは自分の興奮を冷ますにはちょうど良い作業だった。
「千晶さんは眠れましたか?」
「ええ。久しぶりにぐっすりよ」
千晶はそう言って微笑んだ。変わらない様子に安堵を覚える。佳澄が心配していたのは、昨夜を経て千晶との関係がぎこちなくなってしまうことだった。
「私の着替えある?あ、その前にシャワー借りていい?」
「はい。置いとくのでごゆっくり」
ありがとう、と言って千晶はドアの向こうに消えた。
こうした会話から、昔よりも千晶との距離が近づいたように感じられて佳澄は嬉しかった。
千晶はもう少ししたらいなくなってしまう。もしかしたらこれが最後で、この先もう二度と会えないかもしれない。
·····そんなのは嫌だ。もっと近づきたい。
一度触れてしまったことで、千晶を欲する気持ちは今までにないものになっていた。
佳澄はどこまで行ってもワガママな自分を嫌に思った。
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