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「あの、千晶さんっ·····」
佳澄が千晶の手を握った。
「私はいつでもここにいます」
その手に力が籠る。千晶の手はそれに応じられないでいた。
応じてしまえば、離れられなくなる。
それをわかっていたから。
「だから、辛かったらいつでも来てください」
佳澄の懸命な訴え。
手から伝わる佳澄の葛藤が千晶の心を迷わせた。
帰りたくない。ここにいたい。もっと、その優しさに触れていたい。
知らぬ間に千晶の中で佳澄に縋る気持ちが大きくなっていた。
でも千晶にはそうできる力も無ければ勇気もなかった。佳澄が握る手指の間から覗く銀色の指輪。これが全てだ。
一夜の戯れのせいで情に絆され、夢を見ているだけだ。
彼女はただの友人。いや、教え子。
超えてしまった一線は、また新たに引き直せばいい。
彼女は、ただの教え子。
千晶は迷いを振り払うように心の中で何度もそう言い聞かせた。
「そうね。それじゃあその時まで」
佳澄の手を解く。
ドアを開けて振り返った。
「さよなら」
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