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目の前でドアが重い音を立てて閉まった。
千晶が去って行く足音がする。
千晶は、佳澄を見なかった。
「そうだよな」
一人で呟き、まだその場を動けないでいる自分を笑った。
なんとか足を動かし、ベッドがある部屋に行く。ベッドに横たわるとまだ千晶の匂いがした。肺いっぱいにそれを吸い込み、吐き出す。
昨日に戻りたい。昨日に戻ってもう一度千晶と話したい。同じ話でもいい。違う話でもいい。
もっと千晶に近づきたい。
溢れる想いは佳澄を蝕み、思考以外の全てを停止させた。
千晶が言った『さよなら』が佳澄の中に重く冷たく響く。
ありがとう、でも、またね、でもなく『さよなら』。
聞くまではまた来てくれるのではないかという期待があったのに、今では二度と会えないかもしれないという絶望しか無かった。
目を閉じ記憶の中の千晶に思いを馳せる。
「また、ね·····千晶さん」
小さく呟き、佳澄は千晶の匂いに包まれて眠りに落ちた。
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