地元に伝わるとある老婆の噂話

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 八月。 「おい、勇。ちゃんと揃えろよ」 「はーい。次からちゃんとやるね」  由美子が夕食を作っていると、茂が仕事から帰ってきた。その際、小学一年生になった息子の勇の靴が下駄で天気でも占っていたんじゃないか、というほどにびっくりするような方向でそれぞれ玄関に鎮座していた。  小学校にあがる前、由美子は勇を公園に連れて行った時、こういうことがあった。  夕方の四時半に帰宅を促すメロディー──『夕焼け小焼け』が流れた。そのため、由美子は「からすといっしょにかえりましょう」と勇にいうと、彼は子どもながらにも「いやだ。まだ遊びたい。からすいるよ」と痛いところをついてきた。由美子も負けじと「からすさんは本当は帰っているはずなんだけど、いさむちゃんが帰らないから仕方なくまだいるのよ。今のお母さんと同じね」と対抗した。  勇も子どもだ。守備よく母の返事に一回は対応したが、その後の切り返しがうまくいかない。やんちゃな男の子は、母からただただ急な帰宅を命じられて悲しいだけなのだ。家に帰る必要があることは子どもにだって分かっている。しかし、幼い心は感情をうまく表現することができない。だから、とにかく「いやだ」を連発する。  公園デビューをして間もない頃は、泣きじゃくる息子を無理矢理連れて帰ったりもした。しかし、慣れてくるにつれて「あと五分ね」などと由美子は折衷案を提案した。勇も不貞腐れながらではあるが、「はーい」と返事をした。そうやって、母と子は良好な関係を築いてきた。  やんちゃな息子が幼稚園を卒業する頃には、ちゃんと夕方には帰るという約束を守れるようになって、勇も成長したものだと思っていた……が、土俵が上がれば、また新たな課題が見つかるものだ。子育ては大変である。
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