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「いよいよその日が来るのだ!」
「!?」
突然響いた大声をきっかけに、和子の身体の金縛りが解けた。
呼吸が楽になり、慌てて声の方に振り返る。
そこには小さな少女の姿はなく、代わりに白髪のボサボサ頭で、ガリガリに痩せて頬の肉がげっそりと削げ落ちた老人が立っていた。
顔の中央には、目立つイチゴ鼻。
見るからにちょっとイカれた、異様な容姿だ。
目は血走り、先程の和子のように、息が上がって苦しそうに悶えている。
持っている杖に寄りかかり、どうにか立っている感じだ。
「だ、大丈夫ですか・・・・・・?」
自分と同じ状態であるように一瞬感じて、和子は同情し、声をかけた。
気づけばどしゃ降りの雨。
けれどこの老人は傘を持ってすらおらず、ずぶ濡れだ。衣服にまだ乾いている部分があると言うことは、今しがた外に出たと言うことだろうか?しかしこの辺に見える家なんてない。
突然背後に現れた、得体の知れない老人に、和子は戸惑いを隠せなかった。
このおじいさんは、いったいいつの間にここに来たんだろう。
町からの道は、今通ってきたところしかないはずだ。
雨の音に足音が消えていたせいだろうか?
それでも視界に入れば、それでなくとも気配ですぐに気づきそうなものなのに。
「天使の予言だ・・・・・・八の月、三日・・・・・・とうとうその日がやって来る・・・・・・約束の日、ついに人類は裁かれる・・・・・・あんたは知っとるか?ファティマの予言を・・・・・・」
「え?」
「パパ!」
和子が歩いてきた一本の緩やかな坂道。
そのまだ進んでいない先の道から、30代位の女性が傘を持ち、駆け降りてきた。
「また勝手にこんなところに!ずぶ濡れじゃないの!今日は弁護士の先生と話をするから、家から出ないでって言っておいたでしょう?もう・・・・・・風邪引いちゃうから、早く帰りましょう!」
現れた女性を見て、途端に老人の顔が曇る。うるさいハエとでも言わんばかりに背を背けると、逃がさないとばかりに女性の右手が老人の腕を掴んだ。
「どこ行くの。こんな雨の日に行くところなんてないでしょう」
「・・・・・・遺産相続の話なんて無意味だ。先方には昨日、わしから断りの電話を入れておいた」
「ええっ?なんで?なんでまた、そんな勝手なことを!」
「予言の日は近いんだ」
「もう!またそれ・・・・・・」
「ほら、この雨だ。かなえ、この雨が・・・・・・」
ため息をつきながら、老人の娘と思われるその女性は無理やりに老人の手を引き始めた。
「とにかく、帰るわよ」
しかし老人は、細身で軽そうに見える外見とは裏腹に、強固な意志でふんばりを見せている。
天に向け手を広げ、ボソボソと何やらを呟き、自分の世界に浸っていた。どうやら簡単には歩いてはくれなさそうだ。
徘徊癖のある老人なのだろう。
見かねた和子は気遣うように女性に声をかけた。
「傘、持ちましょうか。手伝います」
「えっ?あら、ホント?ごめんね。あなた、観光客か何か?地元の子、ではないわよね?いずれにしても助かるわ。じゃ、うちすぐそこだから、ちょっとだけ手伝ってもらっていいかしら」
「あ、はい・・・・・・」
無言で抵抗する老人を、何とか2人でどうにかこうにか連行していく。
思わず口をついた親切心だったが、共に歩き出してまもなく、和子は『しまった』と内心思った。
彼らが向かったのは岬の上の、あの『金城の屋敷』だった。
おじいさんは60年前の天使の目撃者。
そして彼女はその娘のかなえで、暁の新妻だった。
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