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47.焼け跡
9月1日
血の跡を追うようにして稔彦は、倉庫跡と思われる焼け焦げた建物の残骸の中に足を踏み入れた。
そこにはもう黒く炭化したボロボロの木片と、ほとんど燃え尽きて何が元であったかさえ判別出来ない品々が山となって積み重なっていた。
『人』がその中にいるかどうかは、この燃えカスを除去していかない限りは分からないだろう。
「じいさん!」
埒が明かないと踏んだ稔彦は、甲板でフラフラしている金城氏のところへとんぼ返りし、その首根っこを掴んで大声を浴びせた。
「じいさん!あれは何だ!あそこで何があった?あの血は、誰のものなんだ!」
けれど老人は呆けた顔をして、素直に答える様子がなかった。
そうするうちに警察が、船内からもう1人の老人を確保し、担ぎ出してきた。
酷く青ざめてやつれた顔をしている老人は、どうやら1人では歩けないほどに衰弱している。しかし稔彦は一目で、それが以前、屋敷で出会った執事の男だと気づいた。
稔彦は金城氏を突き飛ばすと、今度はそちらに飛び付いた。
「おい、あんた!あんたは何か知ってるのか?いったいそこで何があった?和子は・・・・・・」
和子、という言葉を耳にした瞬間、執事はビクッとして肩を震わせた。
それまでは生気のない人形のようだったのに、急に落ち着かない様子になり、何かに怯えるように辺りをキョロキョロと見回している。
稔彦はその態度の急変に何かを感じとり、再び問い詰めるように執事に同じ質問をぶつけた。
執事を支えている警官が稔彦を諌めたが、稔彦は、まるで気にすることなく、老人の口元にだけ、注意を払っていた。
繰り返される質問に、執事は身をすくめ、弱々しく答え始めた。
「・・・・・・あの方が・・・・・・暁様の元にお戻りになって・・・・・・それを、お嬢様がお気づきになったのでございます。私は旦那様と一緒に船内におりまして・・・・・・私は屋上に出ておりませんし、何も見ておりません。そしてあれから半月以上、旦那様以外の方と、全くお会いしていないのです・・・・・・」
今度は稔彦が青ざめる番だった。
一番危惧していた、そうあってほしくない展開に、この場でなっていた可能性があるのだ。
やはり、和子は戻っていた。
あの酷い嵐の中、この建物、この船、あの男のところに。
「人骨だ!人骨が出たぞ!」
焼け落ちた木材と瓦礫の中から、白い手袋とマスクをした警官が声を上げ、右手を振っていた。
顔も何も分からない黒こげの焼死体が2体発見された。
背格好からして男女の遺体。
女性が男性に抱きつくような形で亡くなっていると、警官は上司に報告している。
稔彦は身体中から力が抜けていくのを感じた。
最悪の結果が頭をよぎった。
同様に、その事実を耳にした執事もまた、酷いショックを受けたようだった。
執事は何か弁明するようにモゴモゴと口を動かし始めた。
「私は実は・・・・・・60年前、あの洞窟で、旦那様やもう1人と共に、あれを見たのです・・・・・・けれど恐ろしさのあまり、私はそれを口外することが出来ず・・・・・・旦那様は私の臆病な性格を理解し、見逃してくださいました。人々に公表し、1人矢面に立たれ続けた旦那様、人々に後ろ指を指されながらも信念を曲げず、船を完成させた旦那様は、本当に素晴らしいお方です・・・・・・私は感謝しつつも、逃げるようにこの地を去り・・・・・・しかし歳を重ねるごとにあの日見た光景が幾度も蘇り、罪悪感にいたたまれず・・・・・・。
晩年になってからではありますが、罪滅ぼしというか、少しでもお力になれたらと、戻ってきたのでございます・・・・・・。
暁様も同じです。幼いながらに神からの啓示を真っ向から受け止め、その人生を捧げて来られたのです・・・・・・。
だから私は、そんなお2人を尊敬し、全力でサポートすることを誓いました・・・・・・。
しかし、まさか・・・・・・こんなことに、こんな結果になろうとは・・・・・・」
執事は警官らによって船から下ろされ、弁明の声は次第に遠ざかっていった。
そしてその言葉は1つも、稔彦の中に留まることがなかった。
もう何の言葉も、今の稔彦には響かなかった。
警官に現場から離れるように促されると、これまでの態度が嘘のように、一切の抵抗も見せずに素直に梯子を降りた。
下では和子の母が待ち構えていて、稔彦を見るなりその腕にしがみついてきた。
母の瞳は期待で輝き、稔彦の口からよい言葉が飛び出すのを望んでいた。
しかし稔彦は、何を答えることも、上手にはぐらかすことも出来なかった。
その暗い表情と、船上から響いてくる『2遺体発見』の声に、母は何かを察したようだった。
「嘘よ・・・・・・嘘でしょう・・・・・・?嘘よ、嘘、嘘・・・・・・・・・」
呻き声と同時に、膝から崩れ落ちた。
「ううああああああ・・・・・・っ!」
稔彦もまた歩くことさえ出来ずにその場にただ突っ立っていた。
何が出来る訳でもない。
ぼんやりと、眼下でうなだれている中年女性の後頭部を見つめるばかりだった。
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