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48.再会
9月6日
久々の大型船のニュースが、朝早くから町を賑わせていた。
捜し人を待つ人々が、浮き足立ち港に向かう。
稔彦のいる避難所でもそれは同じだった。
近くのブースに座っていた和子の母の耳がピクリ、と動くのが見えたが、だからといって踏み出す気配はなかった。
もう期待することは愚かなことに思えた。
いくら捜しても、見つかる可能性があるとは思えなかった。
『あれ』が和子でないと、いったいどうして言えるだろう。
避難所の入口は登録所も兼ねていて、新たに空いているブースに入りたいと言う人や、人捜しにやってきた人、また登録して配給に必要な引換券をもらいに来る人など、いつも大勢の人で溢れ返っている。
常に多いのだが、船が着いた時はその数は2倍と言わず4、5倍となり、行き交う人はそこを通り抜けるのに随分骨を折らなければならない。
その入口の喧騒を、稔彦は他人事のように遠く、自分の家のブースから眺めていた。
足を踏まれたり肘を突かれたりで、まるで満員電車のようだ。
そのうちにその雑踏を掻き分けるようにして、1人の女性がブース側に飛び出してきた。
長い髪を1つに束ねた、事務員風の女性だ。
そして稔彦は、女性がこう叫ぶのを聴いた。
「泉和子さん!泉和子さん、いませんか?」
稔彦はだらっとした体勢を即座に立て直した。
和子の母もその声に気づいたらしく、顔を事務員の方に向けている。
女性事務員は再度大声で尋ねた。
「泉和子さん!いませんか?手紙を預かっているんです!泉さん!和子さん!」
稔彦は和子の母に片手を広げて見せると、自分が行くから、という身振りをして腰を上げた。
元は中学校の体育館として使用されていた避難所は広く、稔彦たちは奥の角の方に陣取っていたため、入口までは30メートル近くあった。
呼び掛け続けている事務員の近くまで寄ってから、稔彦は声をかけようと手を挙げた。
しかしその前に手を挙げた者がいた。
杖を突いた女性のようだが、事務員と話をし、手紙を受け取っているように見える。
焦った稔彦は、見知らぬヤツに悪戯に手紙を奪われてなるものかと、背中を向けているその女性の肩をむんずと掴み、高圧的に声をかけた。
「ちょっと待て!和子への手紙なら俺が・・・・・・」
途中で、言葉は力無く萎み、最後には消えて無くなった。
事務員と対面している女性を見て、稔彦は愕然とした。
そこには頭に、いや両目を覆うようにグルグルと包帯を巻いた少女が立っていた。
ボロボロの変な柄の黄色いシャツに、裾が破れたチェックの麻のハーフパンツを穿いている。
頬は擦り傷だらけでこけていて、見るからにやつれていた。
「・・・・・・和子、か?」
稔彦は目を疑いつつ、質問を絞り出した。
少女は声の方に顔を上げると、小さな、震える声で答えた。
「・・・・・・と、稔、彦・・・・・・?」
「和子!」
言うなり稔彦は和子に襲いかかり、両腕の中に包み込んだ。
言葉と共に涙が、堰を切ったように溢れ出す。
「この・・・・・・バッカ野郎!心配させやがって・・・・・・!」
「うん、うん・・・・・・ごめん、ごめ・・・・・・えっ」
稔彦は和子を肩の上に担ぎ上げた。
驚き、慌てて杖を身体に引き寄せる和子をよそに、そのままぐんぐん歩いていく。
事務員の女性は和子に軽く一礼すると、微笑んで出ていった。
「ちょっと何・・・・・・待って、降ろして」
和子の言葉に聞く耳持たず、稔彦はそれから数十歩歩いたところで足を停めた。
静かに稔彦は和子を降ろした。
すると誰かの細い手が、和子の両肩を掴んできた。
「和子・・・・・・和子なの・・・・・・?」
「え・・・・・・?あ、お母さん・・・・・・?」
和子は震える手を、肩を掴んでいる手に伸ばした。その手は間もなく、温かい、記憶にある手のひらに包まれた。
和子の母は喜びで胸を震わせ、目の縁に涙をいっぱいに溜めていた。
和子もまた、久しぶりとなる肉親との再会に感極まり、涙を流した。
母子はしばらく泣きながら抱き合っていた。
長かった。
辛かった。
でも今は何も言葉に出来ず、互いに生きて会えたことを奇跡と思い、感謝した。
稔彦はその2人の様子をそばから見て、安堵したように膝を落とした。
和子は、父と兄が被災地復興のボランティア隊として、遠地に駆り出されていることを聴いた。
稔彦の家も、父や弟が同様に出ているが、稔彦は残された家族のための力仕事用にと残されたらしい。
稔彦の母や妹たちは洗濯や炊き出しの手伝いなどで頻繁に外に出ているようだが、和子の母は体調が優れないという理由でいつも1人ブースに残っていたようだ。
和子は、この目にその姿を見ることは出来ないが、母の声にいつもあった快活さがないことなどから、母がこの1ヶ月余りで数倍老け込んだような印象を受けた。
それは前代未聞の災害のせいでもあるし、何より自分の勝手な行動のせいだろう。
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