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「・・・・・・そりゃあ、いい厄介払いだろう。県内にだって有名な診療施設はあったんだ。
元々病院に入る気なんて無かったんだけどね・・・・・・自殺未遂を繰り返してたから強制的に入れられたようなもんだ。
どうせなら県内で良かったのにさ」
「でも、そこは今、水の上でしょうか?」
「へ?」
「暁くんは一ヶ所だけ、この花居だけは沈まない土地であることを確信していたんです。なぜかはちょっと説明出来ないんですが、お母さん、お母さんのことを本当に何とも思っていないなら、生きていてほしいと思っていないなら、暁くんがこの場所にお母さんの身を移すということは、無かったはずです」
「・・・・・・え?」
暁の母は眉を潜めた。
「何・・・・・・?どういうこと?じゃあ、ここにあたしを越させたのは、沈まない場所だから?それは、じゃあ、つまり・・・・・・」
その目にみるみるうちに涙が溜まっていく。
「まさか、あの子があたしに生きていてほしいなんて願う訳ない。だってあたしは、あの子をずっとないがしろにして来たんだ。
あたしは夫のために、夫から殴られないために、生きるだけで精一杯で・・・・・・あの子のために何かしたことなんて、1つだって・・・・・・」
暁の母は、何とか理由をつけて和子の言葉を否定したいようだった。
その姿はまるで、優しい言葉に慣れていない子どものようで、素直に物事を受け入れられない、頑なで怯えた瞳は、さながら幼少期の暁そのものだった。
和子はゆっくりと、諭すように言った。
「いいえ、本当です。
暁くんはお母さんのことをいつも気にかけていたと思います。だってこの世に産んでくれたお母さんです。
どんなに疎まれ、辛く当たられたとしても、子どもにとってお母さんは『ただ1人のお母さん』なんです。
不幸なんて願わない。生きていてほしい。どうあっても、生き延びてほしい。
だから、暁くんの分もどうか、くじけずに生きてください」
「・・・・・・・・・・・・」
暁の母は何も言葉に出来ないといった様子で、ゴフゴフと咳き込みながら、ブースの奥に隠れるように背を向けた。
そしていつまでもそこに立ち尽くしたままの和子の肩に、稔彦がポンと軽く手を置いた。
「行こう」
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