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その横でテレビは、相変わらず日々起こる事件事故や、芸能人の失態やおめでた報告などを伝えている。
そしてある画面に切り替わった時、母がふと声を上げた。
「あら、そこ・・・・・・御船崎だわ」
テレビの画面に田舎の港町の光景が現れ、続いてその付近の高校が映し出される。
画面の右隅に『女教師が生徒と極秘入籍?』のテロップが浮かび、それを遠目に読んだ稔彦が軽く口笛を吹いた。
「やるなあ、卒業まで待てばいいのに」
「いやあねえ、不謹慎ね。でも、あら?この子って・・・・・・」
母が洗い物の手を止め、テレビの前に小走りで駆け寄る。
画面では渦中の少年が顎から下ではあるが映し出され、マスコミからのインタビューを受けていた。
『絶世の美少年』とのテロップがその首辺りに浮かぶ。
「なに、お母さん、知ってる子?」
「知ってるも何も・・・・・・あんたの方が分かるんじゃないの。ほら、8年前まで住んでた町よ。御船崎・・・・・・N県の・・・・・・この子、あんたが仲良くしてたナントカ君に、似てない?」
「え?」
「ダメですよ。おばさん、和子はそこにいた記憶そのものが無いんですから。ここに越してきて知り合ってから、何度も聞き出そうとしたけど、答えられた試しがない。すっかり忘れてるんです。そうだったでしょう」
「ああ、そうか・・・・・・そうだったわね」
「・・・・・・何よ」
和子は眉を潜めた。
自分がN県の田舎町で生まれ育ったことは知っている。けれどその頃の記憶はない。
何故かは分からないけど、覚えていないものは覚えていないのだ。
「あの時はお父さんの転勤が急に決まって・・・・・・この花居にバタバタと引っ越して来たのよね。懐かしいわあ。あんただってたくさんお友だちがいたのよ。なのに引っ越したら全部忘れただなんて、薄情よねえ。別れが悲しすぎて一時的な記憶喪失を起こしたんじゃないかって、当時相談したお医者さんには言われたけど。よっぽどショックだったのかもしれないわね。四六時中ベッタリくっついてた男の子だったから」
「ええっ?」
本当だろうか。
恋愛っ気全くナシのあたしに、実は幼い頃に彼氏みたいな男の子がいた?
そしてその記憶さえもさっぱり無いとは・・・・・・どうなってんだ。あたしの頭、本当に笑えないくらいできが悪すぎる。
「和子!いい加減食事やめて支度しろよ!マジで遅刻するぞ!」
「ほら!やっぱりこの子!その男の子に似てるわ」
箸を置き、リビングの隅にあるパーテーションの裏で制服に着替える。
歯磨きを少しでもしておこうと洗面所に向かう途中で、和子はふと視界に入ったテレビの画面に釘付けになった。
胸に突き刺さるような衝撃が走った。
顎から下、たまに唇を見せながら、制服の少年はマスコミに対し、慌てるでもなく涼しい笑みで受け答えをしている。
『僕たちが何か法に触れるようなことをしましたか?愛する女性と少しでも早く一緒になりたかっただけですよ。それが何か大罪になるとでも?』
ズキン。
何だろう。胸が痛い。
「そう言えば、その昔住んでた町で、和子はなんか変わったあだ名で呼ばれてましたよね。こっちに来てからも和子はそのあだ名で呼ばれて、からかわれてたっけ」
「ああ。なんかあったわねえ。ええと・・・・・・」
「そうそう、『何でも大好き和子ちゃん』だ」
ガタンッ
稔彦と母の会話が耳を通り過ぎたその瞬間に、膝から力が抜け落ちた。
心臓が焼けるようだ。
足に力が入らない。
「きゃあっ!和子っ?」
「どうした?大丈夫か?」
血相を変えて2人が駆け寄り、倒れた和子を抱き起こした。
和子の顔は、真っ青だった。
「・・・・・・あたし、この子、知って、る・・・・・・」
気がつくと無意識に、涙が頬を伝って流れ落ちていた。
理由など分からない。
分かるはずもない。
ただ苦しい。苦しい、とても。
彼のことを考えただけで・・・・・・頭が彼について考えようとしただけで、何も思い出せないのに懐かしさが溢れる。
何故だろう。
とても、とても、とても悲しい・・・・・・。
薄れていく意識の中で、和子は再びあの白い夢に飲み込まれていく自分に気づいた。
あの光。
恐ろしいほど、透明な・・・・・・。
そうだ。
彼は、あの白い光に似ている。
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