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明らかに歓迎の雰囲気はない。
「だ、だからって、えっと・・・・・・わ、分かってるんなら、そんな冷たくあしらわなくても・・・・・・久しぶりの再会な訳だし。まあ、つまり、その、あたしがここに来たのはだから、その・・・・・・あ、挨拶がてら?」
「帰れ」
「は・・・・・・」
「何も覚えていないのは、思い出さなくてもいい思い出しかないからだ。くだらない里帰りなんてさっさと終わらせて、早く今の自分の町に帰れ!」
暁はそう言い放つと、フイ、と背を向け、丘の裏側の方へと歩き始めた。
和子は慌てて声を上げた。
「待って!待ってよ!そんなの・・・・・・そんなのって、ない!」
気づくと駆け出していた。
全身が麻痺に近いくらい動揺しているせいか、すぐに足がもつれて転ぶ。
膝に擦り傷を負い、うっすらと血が滲んだ。
それでも心が、彼を引き留めたいと叫んでいる。
「待って!覚えてないよ!確かに何も覚えてないけど・・・・・・何かずっと、心に引っ掛かってるんだ。あたし、何か思い出さなきゃいけないことがあるような気がして。だから、だから来たんだよ。暁くん、知ってるなら教えてよ!昔のこと、子どもの頃のあたしのこと・・・・・・!」
「必要ない」
暁はそのまま丘の奥に広がる暗い森の中に姿を消した。
冷たい、閉鎖的な態度だった。
誰もが自分の中に入ることを許さない、と言うような。
だけど、なぜだろう。
和子には彼の周りの空気が、酷く澄んでいるように感じた。
教会のキリスト像を仰ぐ時に受けるような、何をも寄せ付けない緊迫に似た神聖さがそこにはあった。
そしてその空気に惹き付けられているかのように、周辺を飛んでいた珍しい柄の2匹の蝶が、ひらひらと暁の消えた方に向かって、追いかけるように飛んでいった。
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